93 総理になれる「出世明神」がある 古沢襄

政治家というのは合理的思考回路を持ち合わせない生きものらしい。数字をペラペラ並べて粋がっていた池田勇人元首相は、末広がりの”八”の字にこだわる縁起かつぎだった。義理と人情と神頼み、一寸先は闇の世界で熾烈な権力闘争をしているのだから、無理からぬのかもしれない。
自民党の総裁選も残すところ二ヶ月を切った。この神社に参拝すれば総理大臣になれるという「出世明神」がある。嘘ではない。浜口雄幸、若槻禮次郎、斉藤実、小磯国昭、幣原喜重郎、鳩山一郎といった歴代の総理大臣は、この神社を参拝した後に首相官邸の主になっている。
埼玉県日高市新堀にある高麗神社(こまじんじゃ)がそれである。高麗神社の案内板に「霊亀2年(716)5月、甲斐、駿河、相模、上総、下総、常陸、下野7ヶ国から高句麗人1,799人を武蔵国に移し、高麗郡を創建した」と続日本紀の記載を引用して、高麗郡の長・高麗王若光の神霊を祀り、高麗神社と称したと創建の由来を伝えている。
総理大臣だけでない。最高裁判所長官の石田和外、検事総長の吉永祐介、北島敬介も高麗神社に参拝した後に念願のポストに就いている。イワシの頭も信心からで、少しでも野心がある方は拝んできたらいい。私も友人に連れられて、お参りしてきたが、生憎、二人とも定年後のことだったので、霊験あらたかというわけにはいかなかったのだが・・・。
与太話は、このくらいにして、六世紀末に早くも高句麗人が北武蔵に渡来してきている。律令制下の武蔵国ができる前に壬生吉志(男衾郡)、飛鳥吉志(橘樹郡)、日下部吉志(横見郡)が活躍しているが、どの名前にも「吉志」がついている。「吉志」は朝鮮の王を示す「コンキシ」「コキシ」と同一語だといわれている。多分、北方のツングース系ではないか。
七世紀後半から朝鮮半島からの渡来人が続々と関東地方に現れている。文献上だけでも「天智5年に百済人2千余人が東国移住」「天武13年に百済人僧尼以下23人が武蔵國へ」「持統元年には高麗人56人が常陸、新羅人14人が下野、さらに高麗の僧侶を含む22人が武蔵へ移住」とある。
高麗神社の主祭神は渡来人高麗王若光(こまのコキシじゃっこう)。実在の人物か不明だが、日本書記に高句麗から派遣された使節の中に「二位玄武若光」の名がある。同一人の可能性がある。
ところで私たちは今の感覚では、日本海側が裏日本、太平洋側が表日本と思いがちだが、この意識はせいぜい四〇〇年の歴史しか持っていない。その四倍の一六〇〇年間は、日本海側こそが表日本であった。
太平洋側とくに関東は、沼地と葦が茂る不毛の荒野だった。神奈川県の大磯から東京寄りの左手に高麗山がある。麓には高来神社があるが、高来神社は明治三〇年までは高麗神社と呼ばれていた。
東京都狛江市は「コマエ」と呼ぶが語源は高麗(こま)であろう。山梨県にも巨摩郡があるが、各地に高句麗渡来人の足跡が残っている。故国を捨てた望郷の想いを抱きながら、不毛の大地を切り開いた高句麗人がいて、同化した歴史が存在する。
ツングースは旧満州とシベリア東部・沿海州に居住した先住民族で朝鮮族ではない。むしろブリヤート人や清王朝をつくった満州の女真族と共通する北方系民族である。それが日本海側だけでなく、太平洋側まで足跡を残していたのは興味がある。その目で高麗神社を詣でる方が良いのではなかろうか。

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