201 バラバラの人事予測 古沢襄

群盲象を撫でるというのは、このことだろうか。二十五日の自民党役員人事、首班指名後の主要閣僚人事でスポーツ紙、夕刊紙、日刊紙が書いている予想人事はバラバラ。それもその筈、安倍晋三総裁は口を閉ざして沈黙を守っている。その心の中をあれこれ推し量っているに過ぎない。
サービス精神が旺盛な森前首相も、今度ばかりは慎重。森派としては中川秀直政調会長の幹事長起用を望んでいるのは間違いないところだが、以心伝心で安倍総裁がやってくれることを期待するだけで、踏み込んだ発言は控えている。巷間伝えられているように麻生太郎幹事長となれば、官房長官に町村信孝前外相を押し込む構えもみせている。
党内融和を優先すれば、幹事長も官房長官も森派以外の他派という選択肢があるのだが、そう綺麗事ばかり言っているわけにもいくまい。週末は安倍総裁は河口湖畔近くの別荘に籠もって誰にも会わずに人事構想を練る腹だという。森前首相がそこまで押し掛けることはないだろう。携帯電話という手がある。
中川政調会長も渦中の人となっている。その行動は制約されているから、中川詣でをしても決定的な情報はでてこない。総裁派閥の森派が金縛りしあっているようなものだから、マスコミの人事取材も苦労せざるを得ない。バラバラの人事予測がでるわけである。
だが二十五日の朝刊は「中川幹事長」か「麻生幹事長」かでサイコロをふって紙面造りをせねばならぬ。デスクに叱咤されて踏み切らざるを得ない現場の政治記者たちに同情したくなる。私たちも、その修羅場をくぐってきた。
池田内閣当時に幹事長人事で山崎幹事長か前尾幹事長かで朝刊予測を踏み切ることを迫られた。どこの新聞も山崎幹事長有力で踏み切っている。暗闇の牛と称された前尾繁三郎氏を予測する新聞はなかった。今でいうなら中川幹事長説が多いのではないか。
当日朝は山崎邸に新聞・テレビが大挙押し寄せている。前夜、益谷幹事長の女性秘書官だった辻トシ子さんに電話で聞いたら「池田は前尾ですよ。朝、前尾邸に行ってごらん」と言われた。
半信半疑で渋谷・松濤町の前尾邸に朝七時に行ってみたが、新聞もテレビも誰ひとり来ていない。応接間で前尾氏と二人で朝食をご馳走になっていたが「やはり外れたか」と気がきでなかった。
八時半のことであった。電話が鳴った。相手は信濃町の池田首相。語尾のはっきりしない声で前尾氏が応答している。「誰からですか」と聞くと「信濃町だよ。幹事長を引き受けることにした」と半分寝たような声で前尾氏が言う。政調会長、総務会長の人事も教えて貰った。
電話に飛びついて「前尾幹事長に決まり」とデスクに速報した。デスクは、後に共同通信社の社長になった酒井新二氏。「副総裁は誰か」と大きな声でいう。戻って「副総裁を置くの?」と聞くと「ああ、バンちゃん」・・・大野伴睦氏であった。朝飯のお代わりを頼んで、お茶を飲んでいたら、山崎邸に屯していた新聞、テレビが血相を変えて、前尾邸に押し掛けてきた。
ことほど左様に人事は蓋を開けるまで分からない。別に麻生幹事長になると言っているのではない。岡目八目で予想しても外れることがあると言っているだけのことである。人事を追う政治記者の苦労話をしただけのことである。

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