208 本格的な芝居をみたい 古沢襄

民主党の魅力はスマートな都市型政党にあった。都市というと東京、大阪などの大都市を連想するが、地方も大なり小なり都市化が猛烈な勢いで進行している。市町村合併によって、その動きが加速されいる。
都市化が進行すれば地方中核都市を囲んだ都市と農村の新しい生活圏が誕生する。その社会構造の変化をいち早く掴んだ政党が生き残り、旧来のワクにとどまる既成政党が没落する。都市化が進めば無党派層が増えるのが道理というものだ。
この時代変化をいち早く見抜いたのは、自民党の論客・石田博英氏であった。日経新聞の政治記者から政治家になって石橋内閣を誕生させた軍師・青年将校といわれた。六〇年安保から三年後の一九六三年一月に「保守政党のビジョン」という論文を中央公論に発表している。
池田内閣が推進した高度経済成長政策を押し進めると、農村から都市への人口移動が急速に進み、農村政党である自民党が脱皮しないことには六年後には社会党政権が実現すると警鐘を鳴らした。その内容は次のようなものであった。
<昔から言われてきたことであるが、自民党には党の近代化が必要である。それに向けての現時点の具体的目標は、派閥解消、政治資金の透明化、選挙制度の検討である。しかし、もっと必要なのは、自らの思想的基盤を明確にすることである。自民党はその範をイギリス保守党に求められよう。
ここで日本の現状を見てみると、高齢化・一次産業の就業者減少・雇用者増加・高学歴化が進んでいる。そしてこれらの進展と歩調を合わせるかのように、社会党の得票率が伸びている。このままで推移すれば、六年後には社会党が政権の座につくことになる。
イギリス保守党の教訓は、自民党に対して労働憲章を持つことを示唆している。できるだけ多くの人の利益を図るのが政治の責任であるとすれば、飛躍的に増加するエンプロイー(雇用者)の利益を保証することこそ、保守主義者の務めである。>
だが万年野党ボケしていた社会党には、抵抗政党のワクから一歩もでることがなかった。僅かに構造改革論を唱えた江田三郎氏がいたが、左派勢力から袋叩きにあって潰えさった。石田氏が予見した六年後の社会党政権は幻のごとく消え去っている。
江田ビジョンは右派思想として葬り去られたが、イギリスの労働党を目指していたと思われる。その内容を要約すると次のようなものであった。
<なぜ、新しいビジョンが必要かについて、次の四つの理由を挙げる。第一は、党員を奮い立たせ全国民の心を揺り動かすような社会主義のビジョンが、社会主義の真の目的のために必要であること。第二は、わが国には後進国(中国・ソ連)型の社会主義とは別の社会主義ビジョンが必要であること。第三は、革新政党には、保守政党への反対だけではない、生き生きとした社会主義ビジョンが必要なこと。第四は、わが国の政治における思想的哲学的貧困を是正し、革新政党のヘゲモニーを確立するため。
社会主義の新しいビジョンの具体的内容は、以下の四つを要点とする。①アメリカの高い生活水準、②ソ連の徹底した社会保障、③英国の議会制民主主義、④日本の平和憲法。
日本は日本の体制にあった社会主義のビジョンを作り上げていくべきだと考える。社会主義者とは、歴史の歯車を逆転させようとするものをはねのけ、時代の流れをよりつよく未来に向かって推し進めるものである。>
私はアメリカ型の共和党・民主党という保守二大政党論には組みしない。イギリス型の保守党・労働党という保革二大政党が必要だと考えている。外交・安全保障政策では両党が近似しなくてはならないが、日本型保守党は小さな政府を目指し、日本型労働党は大きな政府を志向すべきである。
小さな政府も大きな政府もそれぞれ一長一短があるのだから、政権交代を繰り返すことによって、螺旋階段をあがるように国民利益を守って、増進する視野が必要になる。この場合、極端な右派思想や左派思想は障碍になる。それと闘う中道思想が堅持されねばならぬ。揚げ足とりは無用、前向きで建設的な論争こそが求められる。
ひるがえって今の日本政治には、このビジョンが欠けている。あるのは都市化によって生まれた無党派層を惹きつけるための劇場型政治と、抵抗型に先祖帰りしたかにみえる野党という田舎芝居。手練手管で支持層を得ても、いずれは無党派は離れていく。それだけ政情不安が高まるであろう。日本の民主主義は、まだその程度の発達過程にあるということだろうか。田舎芝居をいつまでも見せられている国民も、そろそろ飽きてきたのではないか。本格的な芝居をみたいと思うのは私だけであろうか。

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