新しい首相が誕生すると周辺のブレーンたちは、そのイメージ作りに知恵を絞る。六〇年安保で国論を二分した中で誕生した池田内閣は「貧乏人は麦飯を食え」と言い放った池田の冷酷なイメージを払拭するために伊藤昌哉秘書官らが苦心している。
池田の持ち味は無骨な正直さにある。麦飯発言がマスコミから袋叩きにあった時に側近が「全国民が白い飯を食って貰うのが理想だとなぜ言わなかったのですか」と諫言したのだが、「バカッ、政治は厳しい現状を述べるべきではないか」と池田は受けつけていない。
だが総理大臣になると無骨な正直さだけでは、政権を維持できない。冷酷なイメージを払拭するためにハードな黒縁眼鏡を明るい鼈甲色の眼鏡に代えた。「私は料亭には行きません」と言ったのは、料亭政治と陰口をたたかれた岸元首相を意識したものであろう。これにはマスコミも騙された。密かに愛人だった芸者さんとの間に一子をもうけたのを知ったは池田退陣の遙か後のことであった。おまけに池田がもっとも尊敬する戦後政治家の名前を、この子につけていた。池田側近たちは、これを完全に秘匿している。
安倍首相の持ち味は清潔な若さと祖父の岸元首相に対する尊敬の念であろう。そこから一本調子なタカ派政治家、保守的な国家主義者という警戒感と批判が生まれている。側近たちにしてみれば、マイナス・イメージと映るのであろう。
ここにきて母方の祖父・岸氏とは別に父方の祖父・安倍寛氏のことが、喧伝されるようになった。安倍寛は戦前の政治家、一九四二年の翼賛選挙といわれた総選挙で、軍部を批判して非推薦で当選した気骨の政治家である。
だが岸氏の膝に抱かれて育った安倍首相は、安倍寛のことを身近には覚えていない。安倍首相が生まれる八年前に安倍寛は、この世を去っていたからである。安倍家をよく知る地元・山口県の関係者は父の安倍晋太郎氏が「岸の娘婿ではなく、安倍寛の息子だ」と話すと「どうしてあんなことを言うのか」と安倍首相は強く反発していたと証言する。安倍晋太郎氏が亡くなり、岸氏の長女である洋子さんが安倍首相の母として健在なのだから、安倍首相にとって祖父・岸信介こそが理想の政治家像なのであろう。
このところ安倍首相の健康状態を懸念する観測がでている。安倍寛は戦後第一回の総選挙に向けて準備していたが、直前に心臓麻痺で急死した。五十一歳、健康的には恵まれなかった。安倍晋太郎も総理大臣にもっとも近い政治家と言われながら心不全で死去。六十七歳であった。実際の死因はガン。父方の系統は長命とはいえない。
母方の岸信介は九十歳で天寿を全うしている。佐藤栄作元首相は脳卒中で七十四歳で死去したが、母方の系統は長命といっても良いだろう。安倍首相は祖父・安倍寛の年齢を超えた。健康を懸念する噂があるが、案外、母方の血脈をひいているので長命ではなかろうか。ためにする噂は気にする必要はない。安倍側近が志向するチームプレーは、安倍首相の健康を保つ秘策という見方もできる。
222 首相のイメージ作り 古沢襄

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