日本の”核武装論”が話題となっている。プルトニュームの蓄積量からいえば、三ヶ月九十日あれば、日本は2000発の核弾頭を持てる。米国や英国では二〇五〇年までに日本は核保有国になると予測する向きもある。
四十数年昔の話となったが、安保条約の改定をした岸信介氏を御殿場の別邸に何度か訪ねた。「日本は将来、核武装をするのだろうか」と尋ねたら「日米安保条約が存在するかぎり核武装はあり得ない」と明快に断言している。
当時は北朝鮮が核実験するなどとは予想もしていなかった。一九七〇年代にタイワンの核武装、韓国の核武装計画が表面化して米国は阻止している。日本が米国の核の傘に守られていながら、独自に核武装することなどは考えられない。
逆説的にいえば日米安保条約が消滅すれば、日本が抑止のための”防衛核”を持つ議論が生まれるであろう。今から三十年後の可能性を議論しても始まらない。それよりも日米安保条約を堅持することの方が国益にかなっている。
日本国憲法を改正すれば核武装の道を開くというのも逆立ちした推論に過ぎない。憲法改正によって日米安保条約の絆は強くなる。むしろ日本の核武装論は遠のくのではないか。岸氏の弟・佐藤栄作氏は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を唱えて、それが日本の国是となっている。
だが「核兵器を持たず、作らず」は広島、長崎の悲惨な経験を持つ日本の国是として、日米安保条約があるかぎり当然の選択肢といえるが「持ち込ませず」は空文に等しい。はっきり言えば、国民を騙した美辞麗句に過ぎない。
当時の佐藤首相は、非核三原則に基づいて米国と沖縄返還交渉に臨んでいる。外務省記者クラブ(霞クラブ)にいた私は、下田武三外務次官が非核三原則は極めて政治色が強いものとして疑念を隠さなかったことを覚えている。
日本に寄港する原潜はじめ米軍艦船が核兵器を保有していない、とは軍事の常識としてあり得ない。「持ち込ませず」を貫くなら米軍艦船の寄港をすべて拒否しなければならない。それを「核はないはず」と言い抜けて、寄港を認めてきている。米原潜が太平洋のどこかに核弾頭を一時、置き去って、日本に寄港する二度手間をかけるであろうか。
したがって「核抜き、本土並み返還」という沖縄返還の大義名分は、最初から虚構のうえに成り立っている。日本は独自で核武装をしないが、日本防衛の責任の一端を担う米国は核装備して日本に寄港すると正直にいうべきでなかったか。
四年前に福田康夫内閣官房長官が「非核三原則は、国際情勢が変化したり、国民世論が変化したり、国民世論が核をもつべきだとなれば、変わることがあるかもしれない」と発言してマスコミの袋叩きにあったが、この方が正直で正論だといえる。「日米安保条約があるかぎり日本の核武装はあり得ない」という岸発言も正直で正論といえる。
非核三原則を唱えて、実際には核搭載の米艦船の日本寄港を認めてきた佐藤氏とその後の歴代首相は不正直といわねばならぬ。ましてや非核三原則によって佐藤氏がノーベル平和賞を受賞したとすれば、ノーベル平和賞の価値は下落したと言わねばならぬ。
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