301 日本にリニアコライダー誘致を 古沢襄

「リニアコライダー計画」といっても日本人はほとんど知らない。しかし世界の素粒子物理学者の間では久しく論議されてきたし、日本でも素粒子物理学の世界で最新の課題となっている。
リニアコライダーとは、電子と陽電子のビームを衝突させ、その素粒子反応を調べる世界最大の電子加速器とことである。これによって素粒子物理学に革命を起こすと期待されている。現在その建設場所をめぐって、日本、ドイツ、米国が競争している。素粒子物理学とは、物質を構成している粒子の構造や粒子間に働く力の解明を目指す学問。エレクトロニクスの大本をなすなど、我々の生活に深くかかわっている。
もう少し具体的にいうと約40キロメートルに及ぶ”直線”トンネルの中で、光の速度まで加速させた電子とその反物質である陽電子のビームを真っ正面から衝突させ、その素粒子反応を調べる。これによって宇宙の始まり(ビッグバン)やブラックホールを人工的に生み出そうというものだ。
「この衝突によって、宇宙の始まりから1兆分の1秒後の世界が再現される。“時空と宇宙の謎”を解く、歴史的な瞬間が目の前に迫っているのは間違いない」と、東京大学素粒子研究センターで「リニアコライダー計画」の推進に携わる山下了助教授は言っている。
この夢のリニアコライダー計画が2009年頃から実験施設の建設に着手し、2015年からの実験開始を目指している。約40キロメートルに及ぶ”直線”トンネルの適地には、地盤が花崗岩質で崩れ安くないこと、さらには活断層がないことが最低の条件となる。私の知るところでは日本では九州と東北に適地があるといわれている。
日本もその候補地のひとつで、ライバルはドイツと米国。欧州にはすでにフランスとスイスの国境に現在世界最高の電子加速器を持つ研究施設・欧州原子核研究機構があるが、米国は宇宙開発に予算を使いすぎて実現に二の足を踏んでいるという。次の研究施設はアジアにという気運は科学者たちの間でも高い。日本誘致の可能性がある。
このニアコライダー建設費は約5000億円の巨大プロジェクトになる。しかも日本誘致に成功すれば、世界の素粒子物理学者が日本に集まってくる。日本の科学者の頭脳が米国など海外に流出すると言われて久しいが、リニアコライダー施設が日本にできれば、逆に素粒子物理学者のメッカに日本がなるのも夢ではない。道路やダムなどの公共事業などよりも、はるかに有益な先端産業の育成につながる。
素粒子物理学に革命が起これば、超電導やナノテク分野の飛躍的な進化、超大容量・超高速データ通信を可能にする新しい通信技術、夢の第四世代光源ともいわれるX線レーザーの技術開発、さらには新物質・新エネルギー開発など、その波及効果は計り知れない。その裾野は膨大なものになる。
幸いにして日本のトンネル掘削技術は世界の最高レベルに達している。あらゆる面で日本の条件は良いのだが、事が素粒子物理学の世界だけに政官財界の関心が薄いまま今日に至っている。復党問題なんてケチな内向け話に頭を悩ますよりも、安倍内閣はリニアコライダー計画に内閣の命運を賭けたらどうであろうか。
<国際リニアコライダーとは、超高エネルギーの電子・陽電子の衝突実験をおこなうため、国際協力によって現在設計開発が推進されている将来加速器計画。日本では、当初高エネルギー加速器研究機構を中心として、初期に”Japan Liner Collider”と呼ばれ、アジア各国物理学者の参加を経て”Global Liner Collider”へと名称変更され開発が進められてきたものがあった。並行して、1990年代はじめから、ヨーロッパ (DESY, CERN)、北米 (SLAC) でも類似の計画が推進され、これらに従事する研究者間で隔年の技術開発ワークショップが開催されてきた。国際リニアコライダーは、2004年8月に”International Technology Recomendation Panel (ITRP)” が加速器の基本技術を一本化する勧告を行ったのを受け、これらの構想が世界で一つの計画、”Internatinal Liner Collider” (ILC) に統合されたものである。
電子-陽電子衝突型の加速器で、最高のビームエネルギーを記録したのは2000年までCERNで稼働したLEP-IIであり、最大のルミノシティ値を持つのは、今も高エネルギー加速器研究機構で運転中のKEKBである。CERNでは、LEP実験が終了し、LHC実験(陽子-陽子衝突型、すなわちハドロン型)へと移行を開始し、2006年現在、最終準備が進められている。
陽子-陽子もしくは陽子-反陽子衝突型の実験(ハドロン型)では、陽子、反陽子など複合粒子であるハドロン内部にあるクォーク同士の反応が複数並行して起こるなかで、多数の終状態粒子が発生する。そのため、どの終状態粒子がどのようなエネルギーのどのクォーク反応に由来したかの不確定性が常に伴い、データの選別と分析に大きな労力と解析計算を必要とする。
一方、電子-陽電子の衝突実験(レプトン型とも呼ばれる)では、始状態での電子と陽電子のエネルギーがいったんひとつのフォトン(光子)に全部集約され、終状態粒子はすべてそこから生成される。そのため、バックグラウンド事象の排除が容易で、データ解析が比較的簡便、という利点がある。したがって、TeVクラスのレプトン衝突型実験を行おうという計画が、各地の物理学研究者の間での共通の夢であり目標でもあった。
「加速器基本技術の一本化」とは、常伝導型の加速空洞と超伝導型の加速空洞との開発研究の比較の結果、超伝導型の加速空洞の方が、全体システムとしてより高いエネルギー効率でビーム加速できること、空洞内で発生するウェーク場が比較的弱いためビーム品質を保ったまま大電流のビーム加速を行ううえで有利であること、などの点で評価され、決定されるに至ったものである。
主線形加速器の基幹技術を超伝導高周波空洞に拠ることを決めた2004年の研究者間国際合意を踏まえ、2005年に加速器設計のための国際協力チーム (GDE) が立ち上げられた。GDEは、ICFA (International Committee for Future Collider – 世界各地の主要加速器研究所所長と研究代表者で構成される) の下部組織の一として位置づけられており、その統括責任者は ICFA 配下の国際リニアコライダー執行推進委員会 (International Linear Collider Steering Committee) に任命されている。このGDEに、世界から数百名規模の加速器専門家、技術者、高エネルギー物理学研究者が参加し、国際リニアコライダー(ILC)の基礎設計策定、続いて建設コスト評価の作業を行っている。
GDEの現在の設計構想によれば、第一期計画完成時に国際リニアコライダー加速器施設の主体をなすのは、相対するそれぞれ11.5kmの直線状の二本の主線形加速器である。これに延長約5.1kmの最終収束部、同じく約2.6kmのビームバンチ圧縮部、ビームエミッタンス減衰リングなどを加えて、加速器施設で必要な立地は延長約31kmの細長いものである。主線形加速器をはじめとする大部分の設備は地下施設に納められるが、中央の実験設備に対応する箇所を含め、約2.5kmの間隔で地上地下をつなぐ連絡路が設けられ、対応する地上部分に機材搬入口および各種の所要建屋を設けることが構想されている。
主線形加速器には平均31.5MV/mの加速勾配で稼働する超伝導空洞(一個の長さ約1m)が総数約15,000台据え付けられる。付帯設備として、L-バンド1.3GHzのマイクロ波源、空洞を絶対温度2Kまで冷却するための冷凍施設、各種電源、制御機器が必要となる。最高ビームエネルギーはそれぞれの主線形加速器から250GeV。これらからのビームが正面衝突するので、ビーム衝突時の重心系エネルギーは最大値500GeVに到達し、前出CERNのLEP-II加速器で実現された重心系エネルギーの2倍を優に超えるものとなる。加速器施設全体の所要電力は200-300MWの規模に上ると見積もられる。
GDEは今後、世界各国の研究機関の間の共同技術開発の計画執行についても一定の舵取りを行っていく方向である。ただし、GDE自体に固有の大規模予算が政府間合意のもと拠出されているわけではなく、現在ほぼすべての開発予算は、各国ごと、個別研究機関からの「もちだし」に依存している。GDEは、これら個別機関の予算執行を監督管理する立場にはない。また、非公式協議の場はもたれているものの、国際リニアコライダーの建設が政府間国際協定のもとにすでに保障決定済み、ということでもない。これらの意味で、国際リニアコライダーは、「今後の展開をにらみつつ、当面の設計開発を、現時点の各国の研究枠組みの中の可能な範囲で推進する」という過渡的な状況にある、とするべきであろう。
日本:高エネルギー加速器研究機構(通称:KEK)を中心として、各地の大学で測定器の開発が進められている。また、加速器本体の開発研究が行われている。
アジア/太平洋諸国:各国の研究者の方々が本国研究施設において、また、KEKを訪問して開発研究に従事している。
ヨーロッパ:CERNを初め、DESYおよび各地の大学で、測定器や加速器本体の開発研究が進められている。
北米:スタンフォード大学の線形加速器研究センター (SLAC) を初め、フェルミ国立加速器研究センター等で開発研究が進められている。
同時に、GDEとは不即付離の関係のもと、全世界規模の物理学者が参加する大型実験のため、物理研究上の各種シミュレーションと測定器開発が行われている。さらに、アジア、ヨーロッパ、北米の各領域でそれぞれの産官学連携のフォーラムを初めとしたミーティングが行われ、活発な意見交換が進められている。
GDEでは、2007年春までに現時点の建設所要予算の第一次概算を行い、引き続き加速器全体設計の最適化と技術開発を推進することを考えている。
関係研究者間の当初目標では、2007年に始まるCERNのLHC実験と同時期に、重心系エネルギーで250GeV~500GeVの衝突実験を行う計画であったが、現在では2010年代はじめの計画正式スタートが議論されている。
計画の正式実現のためには、なんらかの国際協議を経て、建設決定、最終候補地の選定、担当建設部署と予算拠出にかんする政府間合意が取り交わされる必要がある。それに基づき、加速器本体の設置形態を確定し、トンネルの掘削、加速器本体の製造、加速器付帯施設の建設、実験装置の製造、加速器付帯施設への実験装置の設置等が行われることになる。
上記GDE活動にて加速器設計の現況とりまとめと建設コストの一次評価が行われているところ、その結果が2007年春に公表される見通しであることから、近々に政府間の国際協議に向けた動きが新たな段階に入る可能性もある。
たとえば、国際リニアコライダーの推進に関しては、ALMA計画で経由したものと類似の段階を踏む可能性があると考えられる。すなわち、第三者評価が行われ、同時に専門委員会(予算、科学技術諮問委員会、技術開発委員会)が公式の組織として承認され、二次計画へとステップアップした後に政府間合意へと繋がっていく、といったようなものである。また、ITER計画も計画発展の形態を考えるうえでのひな形の一つと目される。ただし、政治決定(まだおこなわれていない)に先だって関連研究者レベルの議論が長く行われている点、現在までのところ、さまざまの国際共同研究をおこなってきた各研究所が開発の主体である点、したがって産業界による工業規模のエンジニアリングはまだその端緒についたところと言うべきなどの点で、国際リニアコライダーはITER計画とはやや趣を異にする。
これら諸課題についての関係国からの監督官庁による接触と意見交換は、OECD Global Science Forum の高エネルギー物理学の将来にかんする Consultative Group を皮切りに2003年ころから始まり、Funding Agencies for Large Colliders と呼ばれる会合において現在も進行中である。しかし、科学技術予算事情の幅広い長期展望を踏まえたうえの国際リニアコライダーにかんする政策は、各国ともそれぞれの行政府立法府を通して確立しているわけではなく、正式な国際協議の場の発足は今後の課題である。>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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