328 師走のしょっつる貝焼き鍋 古沢襄

師走になると秋田の家庭では”ハタハタ鮨”づくり取り掛かる習わしがあるという。秋田県と岩手県の県境にある西和賀で塩焼きのハタハタをご馳走になったことがあるが、まだハタハタ鮨を食べたことはない。
記者時代に新宿で縄のれんのはしご酒をやったものだが、新宿中央口の正面裏手に「秋田」という店があった。そこで出たのが大きなほたて貝の殻でグツグツと煮た”しょっつる鍋”。塩魚汁(しょっつる)貝焼きとメニューに書いてある。
この味には記憶がある。私の祖母は西和賀の生まれだが、寒くなるとしょっつる鍋を作ってくれた。塩漬けのハタハタを郷里からとり寄せ、発酵させて作った上澄駅液を使うのだが、最初は強烈な匂いに閉口した。信州生まれの母も閉口していたが、父は目を細めて祖母の手料理を楽しんでいた。
新宿の「秋田」に通っている中に昔の祖母の味を想い出して、すっかり病みつきになった。私は”きりたんぽ”よりもしょっつる貝焼きの方が好きである。柔らかく煮たハタハタの味は淡泊で酒の肴としては絶品。自分の身体に流れる東北人の血を感じる瞬間でもあった。
私は共同通信社のシステム担当役員をやったことがある。政治記者あがりだからシステムのことなどはチンプンカンプン、専門の技術屋さんに任せるしかなかったが、友好社であるベトナム通信社から技術屋さんを受けいれて、一ヶ月の研修を行った。
三、四人のグループだったが、ホテルに宿泊させる費用が嵩むので、賃貸の安アパートに宿泊させた。ところがアパートの隣人から猛烈な抗議がきた。何を食べているか知らないが、魚の腐った匂いがして困るという苦情であった。
調べさせるとベトナム流の塩魚汁を使っていた。そうか、東京人にはしょっつるの味が分からないのだと思った。ベトナム流の塩魚汁の匂いは、しょっつる程度のものではない。しかし、ベトナム人にとっては、欠かせない祖国の味と匂いなのであろう。欧米人にいわせると日本人は味噌と醤油の体臭がするという。われわれに言わせれば欧米人はバタ臭い。
調べてみたことはないが、魚を発酵させて作った上澄駅液を用いるのはアジア特有の文化ではなかろうか。一度、この味にはまると私のように病みつきになる。ハタハタは冬の雷が鳴る頃には沿岸に集まるので、別名「カミナリウオ」とも呼ばれるそうだ。祖母の先祖は秋田からやってきて奥羽山脈の懐に抱かれた西和賀にやってきている。
大漁の噂が流れるとカマスに入れたハタハタの塩漬けが西和賀に運ばれてきたという。塩漬けだから保存がきいて一年中食べられたそうだが、やはり師走から正月にかけてのハタハタが美味いと祖母は言っていた。しょっつるは私にとって祖母の味であった。

コメント

  1. あきたこまち より:

    イイ話を聴かせて…というか、拝見させて頂きました。
    心が温まりました。
    まさに、今が雷とハタハタの季節です。
    毎朝、夜も明けないうちに、一般の釣り人が海岸に出掛けているみたいです。
    そんな中からのお裾分けを待っているこの頃です。

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