共産党は参院選で独自路線をとる方向にある。参院選の一人区で野党統一方式を目指す小沢民主党にとって、共産党から袖にされるのは痛い。二年前の二〇〇四年参院選で共産党は選挙区で五百五十二万票を獲得したが、比例代表は四百三十六万票。獲得したのは四議席にとどまった。この四、五百万票は固い組織票だから投票率が低くなれば、思わぬ力を発揮する。
二〇〇七年参院選で共産党は六百五十万票以上を獲得し、五議席以上は獲得する目標を立てた。そのためには当落は度外視しても、全選挙区で候補者を擁立して、支持票を掘り起こす必要がある。それが比例代表の獲得議席に結びつくからだ。選挙区選挙と比例代表選挙はリンクしている。だから票が散る野党統一方式に付き合う余裕はない。
社民党も同じであろう。二〇〇四年参院選での比例代表は旧社会党以来初めて三百万票を割って二議席にとどまった。本来なら共産党方式で全選挙区に候補者を擁立していたら、二百九十九万票という不名誉な結果にはならなかった。二〇〇七年参院選では比例代表票の失地回復を目指す必要がある。
ところが民主党側から言わせれば、共産党も社民党も選挙区では野党統一方式で戦い、民主党候補に票を集中することが大前提になる。比例代表ではそれぞれの党が支持票の獲得競争をすればいい。事実、自民党と公明党は、この選挙協力方式をとっている。机上の計算では成り立つ選挙戦術なのだが、重要なことをひとつ見落としている。
民主党と共産・社民党は基本政策で水と油の関係にある。基本政策で一致しないまま野党統一方式をとるのは、いずれの党にとってもプラスにならない。沖縄知事選で小沢民主党が左寄りのスタンスをとったのは、参院選での野党統一方式を意識したからであろう。だがいくら左寄りスタンスをとっても、共産・社民党の政策にまですり寄ることはあり得ない。そこまでしたら民主党の保守票が逃げてしまうからである。だから中途半端な野党統一方式にならざるを得ない。そして四万票近い大差をつけられて沖縄知事選で敗北した。
沖縄知事選後の国会で共産・社民党が反対した防衛庁の「省」昇格関連法案に民主党は賛成票を投じた。志位共産党委員長は「自民党を利している党は、どの党か」と反発する。共産党は「自民・公明の暴走を止めるため大いに前進を目指すが、自民と民主の二大政党による悪い政治にも審判を下す」という基本路線を明確にしている。革新の本家という旗を掲げて参院選に臨む腹だ。
折から安倍自民党は失点続き。無党派層が自民党離れする様相がみえている。その層を掴むには曖昧な野党統一路線よりも、明確な革新の旗を掲げて戦う方が有利だと共産党が判断するのは、当然の成り行きであろう。
もともと自民・公明の選挙協力と違って、野党間の選挙協力は砂上の楼閣に過ぎない。基本政策が水と油だからだ。ここで二〇〇四参院選をもう一度検証してみる。自民党は終盤戦になって選挙区選挙の不振ぶりが明らかになった。そこで連立のパートナーである公明党・創価学会に本格的な支援を要請した。
この当時、小泉首相のサプライズ手法にかげりがみえていた。曽我ひとみさん一家の再会を実現させた演出も多くの国民から歓迎されたが、票を動かすには至っていない。業界団体が核となった伝統的な集票マシンが崩壊の様相を示している。
自民・公明の選挙協力も言葉倒れとなって、自民党内では「公明党の選挙協力は麻薬のようなもので、一度使うとやめられなくなる」と消極論がでる一方で、公明党からは「見返りのない選挙協力は如何なものか」という声があがっていた。
参院選挙区は小選挙区と違って広域選挙となるから、衆院議員や地方議員も加わった総掛かりの選挙戦になる。衆院の小選挙区では公明党・創価学会の協力票がなしでは当選できないところが増えている。それだけ自民党の足腰が弱まっているのだが、参院選挙区にも同じ傾向がみえる。終盤の選挙予測は、小泉首相や安倍幹事長に衝撃を与えた。もはや背に腹はかえられない。膝を屈して公明党・創価学会に本格的支援を要請するしかない。
自民党の要請を受けて公明党・創価学会は重点選挙区を絞って全面協力を約束し、組織がフル活動する。当然、見返りは比例代表で自民党の選挙区候補が「比例は公明党へ」と訴えることを求められた。
この結果は選挙後のデータにはっきり表れている。公明党は比例代表で過去最大の八百六十二万票を獲得し、改選七議席を上回る八議席を得た。自民党は小泉・真紀子旋風で獲得した二〇〇一年参院選の二千百万票を大きく割り込み、千六百八十万票に落ち込んだ。しかし選挙区では千九百六十九万票を獲得しており、落ち込み幅が少ない。約二百万票以上の公明党・創価学会票が自民党の選挙区候補を助けたことになる。
改選第一党に躍りでたのは民主党。比例代表で最多得票の二千百十四万票を得て、自民党の十五議席を上回る十九議席(二〇〇一年参院選では八議席)と躍進している。民主党の追い風となったのは、旧自由党との合併によって小泉政治に対する批判的な保守層の受け皿になったことが見逃せない。二〇〇一参院選で旧民主党は九百万票、旧自由党は四百二十万票(いずれも比例代表)を獲得している。合併効果によって五割方得票を増やしたことが明らかになった。
改選五十一議席を割り込み四十九議席に後退した自民党だったが、小泉首相は「自民と公明を合わせるとすべての委員会で過半数を確保できた」と強気の態度を崩していない。「逆風の中でよく持ちこたえた」と自讃すらしている。二〇〇七年参院選についても「自民党は勝てる。何ら心配することはない」と占ってみせる。強気とサプライズ好きの希有なキャラクターだった小泉首相を懐かしむムードがじわじわと自民党内に広がりつつある。
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