「日刊ベリタ」の志村宏忠記者が我が家に訪ねてきたことがある。私が人事・労務担当の役員だった頃、岐阜支局の記者をしていた共同通信社の後輩。地方記者時代にドロップ・アウトしてカナダに留学し、帰国してフリージャナリストになっている。夫人が台湾人なので台北に住んでいる。
世界を股にかけて取材に明け暮れているので話が面白い。大きな組織に身を置くトコロテン的な人生を拒絶し、自分の好き放題な生き方をする若いジャーナリストが増えている。私の様な”なまけ者”は、いつかはドロップ・アウトするつもりでいながら、ふんぎりをつける甲斐性がないまま定年まで組織の中で安住し、おまけに役員までなった。
だから志村氏の様な冒険家には、一種の魅力のようなものさえ感じてしまう。メールを時々貰うが、いつの間にかフランスに渡って大統領選挙の取材をしている。そのレポートが面白い。始めから左派ロワイヤルを支持する視点で書いている。
フランスの政治家そのものの質は日米と比べても別にそれほど高いとは思えないという。おまけにフランスはしょうもない左右対立が激しいところがあるのだが、それでも、それを受けて選択する選挙民の質は日米よりも間違いなく高い・・・と志村氏は断言する。
しかし、そのフランス政治にも大きな欠陥がある。というのも、主力4人の候補を見ると、皮肉なことに、左派のロワイヤルでさえ地方の名家出身である。一方で、極右として忌避されているルペンだけがむしろ漁民という庶民出身であるように、階層的には名家やブルジョアばかりが主導だという封建的な側面が残っているという。これは私にとって初耳であった。
フランスの政治・法制度は、全体的に制度が複雑怪奇で閉鎖性が強い。フランスの行政情報公開はまったくなされておらず、特に軍はきわめて閉鎖的。この点は先進国家とは思えない保守固陋さが残っているという。
フランスの場合、伝統的に右派が経済利益一辺倒、中道から左派が人権を重視、という傾向がある。従って、現在の右派シラク政権とサルコジは中国の人権に触れないが、中道から左派の主力候補は中国の人権問題を問題視している・・・今回もダルフール問題に関連して、中道のバイルと左派のロワイヤルは、ダルフールの民衆を虐殺しているスーダン独裁政権に荷担している中国の体質を問題にして、北京五輪ボイコットを主張しているというのも現地にいないと分からない情報である。
EU全体の対中武器禁輸解除問題についても、ロワイヤルは中国の人権問題、台湾への威嚇、軍拡などを根拠に、禁輸継続・解除反対を主張しているというから、ロワイヤルが大統領に選ばれたらフランスの中国政策は大きく変わる可能性がある。この点は日本のマスコミは正確に伝えてきていない。
フランスの世論調査では、5月6日に予定される上位2人による決戦投票では、サルコジ50-54%、ロワイヤル50-46%と、サルコジ優勢の見方が多いが、しかしフランスの有権者の3割は直前までに対象を変えると言われているし、バイルの中道票も鍵になるだろうから、まだまだ予断は許さないとロワイヤル贔屓の志村氏は占っている。
それはフランス国民が決めることだし、開票結果を待つしかないが「フランスに比べて日本の左翼は馬鹿だ」という志村氏の見解に興味を持った。
フランスでは第一回投票直後に左派から極左のすべての党派候補が、決戦投票でのロワイヤル支持を即座に表明した。日共や日本の偏狭な左翼党派は、そんな芸当はできない。だから東京都知事選挙で浅野史郎の足を引っ張って、結果的に石原三選の手助けをしたし、国会選挙でも民主党に譲って自民党を追い込むことをしない。
フランスでは、どんな極左でも「ロワイヤルは社会党の中でも右派」だと認識はしても、「それでもサルコジやルペンよりはよっぽどマシ」という思考をする。日本の左派はそれができない。だからいつまでも日本の左派は政権を取れない。頭が悪すぎるのだ・・・と厳しい。
とはいえ、そのフランスの左派も80年代あたりと比べたら、明らかに退潮傾向がある・・・と志村氏は認めている。ルモンドですら「従来の左翼路線では無理だ」と書いているそうだ。
イタリアでも、旧イタリア共産党主流派を受け継ぐ「左翼民主主義者」が、旧キリスト教民主党を受け継ぐ中道のマルゲリータと合併して、さらに中道化する方針が出されたばかりだという。
これには左翼民主主義者内部の左派や旧共産党左派を受け継ぐ共産党再建派などが反発しているようだが、しかし新自由主義の猛威が荒れ狂い、世界全体が資本主義的右翼に傾いている中、旧来の左翼や左派が生き残るには、中道派を大きく取り込んで右翼・右派に歯止めをかけることが、実は唯一残された現実的な選択ではないのか?
そういう点で、イタリアの旧来的左派の反発は、現実の力学や力バランスを無視した単なる空想論だといえる・・・世界的に従来の左翼路線が退潮傾向にある時に、新自由主義=アメリカニズムに対抗する手段として、フランスやイタリアの中道結集の動きは注目しておく価値があるが、さて現実はどうであろう。
539 ロワイヤルはフランス名家の出 古沢襄

コメント