563 名門ロイター買収さる 宮崎正弘

▼フォックスTVで当てたマードックの野望
日本を除く世界市場での株価高騰、インドなど新興市場の台頭など、いまでは金融・経済情報の需要が激増している。 そして経済ニュースの在り方が替わった。
翌日の朝刊で株価を確認する投資家は旧世代というより石器時代。過去10年間のインターネットの普及は旧来の新聞、週刊誌など活字メディアを構造的不況に陥れ、他方では世界的規模でのメディア企業の再編が進捗している。
こうなれば名門ロイターが買収される事件を聴いても、驚くことではなかった。
日本でもテレビ朝日の株式を買い占めていたマードック。彼の率いる「ニューズ」社が老舗ダウ・ジョーンズを買収しようと画策を始めているが、だからと言っても、それが時代というものであろう。
日本のマスコミが一番影響をうけているNYタイムズはAIGグループのグリーンバーグ前会長らによって株式が買い集められている。
ニューズ社のルパート・マードックがダウ・ジョーンズ(DJ)のザニーノ最高経営責任者(CEO)に買収を持ちかけたのは3月29日だった。買収提案は5月1日に公になった。
このためDJ株をめぐる「インサイダー取引」の疑惑も浮上している。
ルパート・マードックはオーナー一族に書簡を送り、「もし買収が決まった場合、一族を取締役に迎えること、DJが発行する新聞の編集権の独立を保持すること」などを提案している。
ダウ・ジョーンズの記者たちからすれば、大衆紙が高級紙を買収するのは名誉に賭けても回避したいとする心理が作用している。だから反対が多い。
経済ニュースが斯界をリードし、オピニオンのメディアが生き残れる可能性は、金融情報の総枠のなかでしか考えにくい時代になったとも言えるだろう。
かつて日経新聞は「情報の多重加工」と経済情報特化などをダウ・ジョーンズから学んだ。ダウはNY株価基準にもなったように、経済情報の総合商社的メディアで、旗艦は「ウォールストリートジャーナル」である。
しかし胡座をかいている間に新興ブルームバーグが市場を席巻していた。
筆者は経済ニュースがこれからの情報の主力になるだろうとして、『ザ日経』(上下2巻)を上梓したのが80年代央である。
猛烈な反響があった。新しいマスコミの在り方を問うた。
そのとき活字メディアの変貌を予想したとは言え、事態がこれほどの猛烈なスピードをともなうことになろうとは筆者も考えていなかった。
▼インターネット情報学から10年で
つぎに筆者が『インターネット情報学』(東急エージェンシー)という本を書いたのは1996年5月で、そのころ、初めて「インターネット」という語彙が登場した。おそらく単行本では、日本で初めて、その語彙を使用した。11年前だ。
当時、既存ネットワークをうち破る24時間テレビニュースのCNN旋風が巻き起こっていた米国に取材し、次の報道メディアがどうなるか、探ろうとしている裡に、いや、そんな悠長な話ではなく、既存メディアが生き抜くことも難しくなるネット時代が、そこまで来ていることに気が付いた。
インターネット革命は予想より迅速だった。
往時の革命児テッド・ターナー率いたCNNさえ、タイムを買収したワーナー傘下に入り、新聞の多くが買収による再編を遂げ、日本でも孫、ホリエモン、楽天などなど新手のネット寵児が登場した。
新興の楽天が老舗TBSを狙って、しかしまだ決着が付かない。そのうち、テレビメディアの収益が激減する次の時代に突入しているだろうに。
新聞を購読する世帯が激減し、朝日も読売も悲鳴を挙げた。なにしろ学生が新聞を購読せず、インターネットだけで国際情報まで数行で仕入れてしまうのである。
活字メディアで部数が微増しているのは産経が唯一保守の論調だからであり、日経がまだ多少は快調なのは企業報道とビジネスに徹しているから企業広告に埋まる恩恵に浴しているからだろう。
だが、インターネットで報道を得る新世代、ネットでディトレードに明け暮れる引退組、インターネットと携帯電話の組み合わせで新聞が不要になった人達。
新聞チラシ広告が抜群に有効だった時代は去った。
ついにインターネットへの広告出稿が新聞を上回った。メディアの革命である。
コスト意識に厳しい欧米マスコミは最初に日本の支局縮小に動いた。
嘗てのように東京特派員はそれほどの数が要らなくなった。つまり魅力的なニュースが日本にはないからである。
面白い情報は中国にあるとばかり、外国大手は北京、上海支局を拡充して東京が空洞化。
外国メディアで東京に残ったのは現地採用組と、東京在住組を除けば、あたかもイエロー・ペーパーのように質の悪い記事を垂れ流すノリミツ・オオニシ記者が象徴するように二流の記者が目立つようになった。
失業は目の前である。
東京にいる外国人特派員にとって、明日の失業が懸念材料となった。
▼ 新社「トムソン・ロイター」がブルームバーグを越える日
さて、カナダの情報サービス大手「トムソン」(実態は米国の会社)が、老舗ロイターを2兆円強で買収することとなった。
新たな統合会社「トムソン・ロイター」は、金融情報シェアでトップにたつブルームバーグを抜きさり、いきなりトップに躍り出る。
現NY市長のブルームバーグが創設した新興メディア、20年前にこの世になかった。
このトムソンのロイター買収劇は、いわばスケール・メリットを狙った新日鐵型合併であり、お互いの特色を補完できる意味で体質強化型M&Aのモデルケースとなる。
報道に依れば、新「トムソン・ロイター」のCEO(最高経営責任者)には、ロイターのトム・グローサーCEOが就任し、「ニュースや市場、金融情報の配信、企業財務分析などを手掛ける総合金融情報サービス会社として機関投資家や報道機関向けの情報提供機能を強化する」という。
活字メディアの再編はまだある。
老舗シカゴ・トリビューン紙やカリフォルニアの巨大紙「ロサンゼルス・タイムズ」を発行する新聞グループ「トリビューン」社も富豪のサミュエル・ゼルに売却すると発表した。
買収金額は9600億円で、米国メディア界の買収では過去最大となる。
2006年春には業界第2位だった「ナイト・リッダー」社がマクラッチーに買収されており、部数減少、広告激減に悩まされているメディアが生き残りをかけての再編時代に突入している。
トリビューン紙を買収するゼルは既存安定株主の所有分を取得後、上場を廃止し、保有する大リーグ球団のシカゴ・カブスもシーズン終了後に売却、メディア事業に集中すると語っている。
とくにロサンゼルス・タイムズは、インターネットの影響をまともにかぶり、業績が低迷、06年第4四半期は前年比5.7%減(過去2年で30万部減少)。これにより株価はピークの半値となった。
ほかにも米メディア世界の再編は顕著、「バイアコム」は大手CBSを分離(スピン・オフ)した。
AIGグループのほかに、元GE会長のジャック・ウェルチも、「ボストン・グローブ」買収に関心を示すなど再編の動きが活発化している。
日本の活字メディア、生き残りの道を模索する作業に遅れをとっていないか。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」から転載」) 

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