573 野鳥 安田紀夫

冬の楽しみは野鳥を眺めることである。利根川を越えて東京都心から40㌔圏、守谷の地に来てからわずかばかりの庭に日本野鳥の会から取り寄せた餌台をセット、鳥たちに餌をやり始めた。普段は10数羽のスズメとつがいのキジバトぐらいだが、秋が深まるとヒヨドリがやってくる。鳴き声がえげつないのであまり好きになれないが、これほど敏捷な鳥もいまい。
5年ほど前、大阪に単身赴任していたとき豊中市の服部緑地の直ぐそばに住んでいた。毎朝、この広大な公園を約40分散歩していたが、ロールパンを2つ、ポケットに忍ばせてスズメと鳩に餌ずけをした。
昔スズメを飼ったことがあるが、賢い鳥だ。人を判別する。なじみになったスズメどもは電線の上で私の姿を認めるとスーッと降りてくる。知らぬ顔をして通り過ぎようとすると、足先に立ちはだかるように見上げて餌を催促するやつもいる。
あるとき、ヒヨドリが紛れ込んできてスズメの食い分を横取りした。そこで空中に餌を放り投げた。スズメとヒヨドリを分離する作戦である。ヒヨドリは餌を追って飛翔し、みごとに地上寸前でキャッチした。
以来、ヒヨドリのたむろする樹木のあたりに差し掛かるとパンを空高く投げる。数羽のヒヨドリが次々と空中ダイビングを決め、餌をゲットするのを面白く眺めたものだ。この鳥は暴れん坊で餌台に近づくほかの小鳥たちを追っかけ回す。スズメもメジロも逃げまわる。
メジロが来るのは寒くなってからだ。この冬は早くも11月半ばに姿を現わした。リンゴやミカンを鋭いくちばしでついばんでいる。垣根に植えた寒椿の花のみつを吸いに現れたのが始まりで、最近は餌台に直行する。ときどき水浴びをしている。同じ餌はヒヨドリの好物でもあるから始末がわるい。ヒヨドリに追われると、メジロはきんもくせいなどの茂みの中にさっと身を隠す。
この冬の異変はやたらとシジュウカラが姿をみせることだ。こんなにしょっちゅう庭にやって来たのは、ここに居を構えてから初めてである。ブドウ棚に止まって、どこからか虫を捕まえてきて食べている。黒と白のコントラストが鮮やかで、鳴き声もさえずりも美しい。
シジュウカラもメジロもひとときもじっとしていない。せわしなく尾、首を動かし幹の下から上へ、枝から枝へ。人に慣れてしまったスズメとはなにしろ動きが違う。そのすばやい動作を見ているだけで退屈しない。
わが庭の「訪問客」で1番大物の風格があるのはツグミである。この鳥もミカン、リンゴやナシが大好物である。ツグミは餌台に陣取って何か考え事でもしているようにじっと中空を見上げ、それからおもむろにくちばしを伸ばす。張った大ぶりな胸の黒い斑点が美しく、つい「うまそうだな」と思ってしまう。ちょっと不謹慎だけれど。ツグミが来るとさすがのヒヨドリも遠くから眺めているだけだ。
たまにしか来ないのがウグイスとジョウビタキである。ウグイスは椿のみつを吸ってさっと通り過ぎていく。餌台には見向きもしない。かわいらしいのはジョウビタキの雌である。めったに顔を見せないが、来始めると何日もやって来る。明るい茶っぽい体毛、ぷっくりふくらんだおしり。ぴょんぴょん地面を小さく飛びながら餌を漁っていく。そのしぐさが愛らしい。
住宅地周辺ではほかにもセグロセキレイ、カワラヒワ、ムクドリ、アオジなどを見かける。ムクドリは集団で電線に止まってかしましい。服部緑地でよく見た飛ぶ姿の美しいイカルが見られないのが残念だ。
鳥たちの姿を追ってガラス戸越しに眺めていると、あっというまに冬の日は落ちる。8㍉ビデオでときどき撮影をする。そのテープを見るのも新しい発見があって楽しい。
ビデオでよく見ると、あの愛らしいメジロがおそろしくどう猛にリンゴにくちばしを突っ込んでいるのがわかる。かくて週末の午後は庭の鳥たちを眺めるのと、もう40年にもなる趣味の競馬をテレビで観戦するのとで暮れていくのである。(註)山陰中央新報コラム「羅針盤」=99年2月21日付け=

コメント

タイトルとURLをコピーしました