607 607 しょっぺー塩鮭の味 古沢襄

菩提寺の泉全英大和尚と岩手県の湯川温泉郷にある末広旅館に宿泊した朝のことである。
「味噌汁が美味いな・・・」
と私。多少は若女将に対するお追従もある。
「東京の味噌は不味いか」
と和尚。この和尚は直球しか投げない。私の投げたカーブの球の意味が分からない。
「・・・」
私の目は甲斐甲斐しく給仕に回る美人の女将に釘付け。何か言わねばなるまい。
「この塩鮭は美味いね」
「そうですか」
と女将はにっこり。
ただ、それだけのやりとりなのだが、数日したら和尚から味噌と塩鮭がクール宅急便で送ってきた。慌てて岩手県に電話を入れた。
「有り難いが、どうして私の好みが分かったの?」
「朝飯の時よ!フッ、フッ!」
どうやらカーブの球の意味を知っていたようだ。それで、朝の会話を思いだした。素朴な和尚の暖かい心が伝わってくる。
「味噌は末広の女将に聞いて、仕入れ先から送っただ」
「しょっぺー塩鮭は、どうだった?」
「それがよー、猫の女房が感激していただ」
私の方も沢内言葉がでてくる。ひたすら感謝、感激。
「そりゃー、よかった。味噌と塩鮭が欲しくなったら、いつでも言ってケロ」
”しょっぺー塩鮭”と言っても東京の人には分かるまい。デパートやスーパーで売っている鮭の切り身は甘塩が主流。たまに激辛の塩鮭を売っているが、ただ塩辛いだけ。本当のしょっぺー塩鮭の味は、北国特有のものがある。
「誤植の饗宴」の筆者・吉田仁さんは岩手県宮古の人である。宮古伝言板・宮古画像投稿板・宮古写真帖など宮古仲間と文化活動に精を出している。そこに「緊急座談会 しょっぺー塩鮭――その秘密に迫る!」という企画があった。
「じん」は吉田仁さん。しょっぺー塩鮭をめぐる宮古仲間たちの会話が楽しい。
じん きのうの晩ご飯のおかずは、塩鮭にしました。冷凍庫にあった、今シーズン最後の新巻の切り身です。解凍するついでに、水につけて塩抜きしました。ふと思いました。
新巻を焼く前に、塩抜きする人は多いだろうか。あるいは、水で塩抜きするなんていうのは、新巻に対する冒涜だろうかと。。。
shiratori 新巻の塩抜きというと、家の両親は酒粕に漬けて塩抜きして食べてますよ。
じん あぁ、酒粕で塩抜きというのはいいですね。水に漬けるより風味が増して、うまそうです。水につけて塩抜きするときは、真水より薄い塩水のほうが効果的なんだそうです。へぇ~?っとか思っちゃいましたけど。。。
hajime 私も塩抜きしますよ。いま食べているものは、そうでもないんですが、ヘタクソに作った新巻は、しょっぱいです。
けむぼー しょっぱい新巻ですか。
じん そうです。しょっぱい塩鮭を、どうするかですね。
 
けむぼー 実家の場合ですが、新巻は製造の過程で塩抜きします。1週間ばかり塩漬けにした鮭を、水槽にしばらくつけ置きして、塩抜きします。それからエラや、ヒレの付け根、腹のなかをタワシでゴシゴシと洗います。塩やヌルヌルそのほかをこすり落として、身奇麗にするわけです。それから干して仕上げます。だから、塩漬けしただけのキツイ塩辛さはなく、逆に身からでる美味さが甘く感じられるぐらいです。じんさんのそれって、宮古の新巻とは違う、ただの鮭の塩蔵品なんじゃないでしょうか。塩抜きしたあと、軽く干してから食べるといけるのでは・・・
じん なるほど。けむぼーさんの実家では、新巻を作る過程で、ちゃんと塩抜きをするわけですね。いっぽう、単に塩漬けにした塩蔵品のような塩鮭もあると。新巻も産地により、あるいは作っている魚屋さんによって違う――そうすると、やはり「しょっぺー塩鮭」とひとからげには言えないということになりますね。
けむぼー  一軒の魚屋でも、新巻の作り方はいろいろです。さまざまな味、さまざまな塩加減の新巻がありますね。ただ、最初から薄塩だと、あれだけ身の厚い鮭を干し魚にするのは至難の技でしょう。
じん なるほど、薄塩だと鮭の厚い身に行き渡らないということがあるわけですね。逆に言うと、腹身とか尾に近いほうの、身の薄いところは塩分が濃くなるということもありそうですね。
hajime 塩蔵は保存方法のひとつです。「短期間で食べるならば、塩分は控えめに」「長期保存するなら、塩分は多めに」これは鮭に限らず、たとえば、イカの塩辛も長期保存する場合は、しょっぱく、ですよね。じんさんのいうように、鮭全体に同じ割合で塩を使ったら、肉の薄いところは、しょっぱくなります。脂分の多いところ、たとえば頭・目玉・背肉には多めに使うのがコツです。
hajime あともうひとつ。おととしの秋は気温が高く、加工屋さんでも新巻作りには苦労したようです。気温が高くなると、腐りやすいですから、ここでも塩を余計に使わなければなりません。このへんの塩の使い方は、けっこう難しいと思います。自分でやってみて、それを感じます。
じん 塩加減は、新巻を作るときの気温とも関係するんですね。そのへんのことはあまり考えてみませんでした。宮古あたりの季候だと、秋に新巻を作るときは腐らないように、冬に作るときよりも塩を多く使わざるをえないということもあるわけですね。じつは、まったく塩を使わずに鮭を天日干ししたらどうなるんだろうか、とも考えていたんです。宮古あたりでは無理なんでしょうか。つまり乾燥する前に腐ってしまうと。。。
けむぼー 塩抜きしてから干すんですが、寒すぎると鮭が凍みて、うまく干せないようです。ことしの1月は寒すぎて、新巻鮭がうまく干せなくて目に遭ったと実家では言っていました。塩を使わずに天日で乾燥させるならば、ビーフジャーキーのような干し肉と同じように、薄切りにして一枚一枚干すことで可能だと思います。ただし、サケ科は条虫症の恐れがあるので、いちど凍結処理するか乾燥後に加熱してから食べる必要があると思います。
hajime 寒すぎてもダメなんですねえ。初めて聞きました。私の家では、正月前にほとんど新巻作りは終わってしまうので、わかりませんでした。
けむぼー やはり正月前に新巻作りは終わるべきもののようです。
 
hajime 鮭ジャーキーは、もしかして、トバというヤツかなあ。
けむぼー トバは本来ホッチャレから作るようですが、ハラコを採ったメスとかを使うようです。脂の乗った鮭のトバも、道内では土産で売ってます。こっちのほうが風味があって美味しいです。
じん トバっていうと北海道というイメージが強いですね。アイヌ語で鮭の群れというような意味だと聞いたことがあります。食べたことがないけれど宮古あたりでも作ってるんでしょうか。
hajime 昨年の春のことですが、魚菜市場でカクダイさんだったかなあ、自信がありませんが売っていました。青森県のある漁協で作ったやつを食べたことがあったんですが、うまく味付けしていたのを覚えています。ところが、たくさんの化学調味料が袋に書かれてました。一方、魚菜にあったものには、自然のままとか書いてあったと思います。味は鮭の生臭さが残った、まるで新巻をバラしたようなトバでしたね。でも、気にいってました。
けむぼー トバの作り方を見ると、単純に塩加減だけでなく、味醂・醤油・焼酎とかで味付けをするようですね。化学調味料ですか……妙に甘ったるくて後味がきづーのがそんな感じですね。いままで気にしないで酒のつまみにしてました。これからは気ぃつけます。
じん トバも変に味付けしてない素朴なものがいいですね。 宮古のトバでネット検索してみると、ひっかかってくるのは「水産宮古を考える会」というところが売っているトバスティック。これは加工業者さんの団体かなにかですかね?寒干し鮭というのが商品のメインのようです。
 
やす 自分的には、新巻でもハラスのあたりが食べられるぐらいのほうが好きですね。こしょっぺーのが好みです。熱々のおまんまに、こしょっぺー新巻を載せで、ほうじ茶をかけで食ったり、水茶漬げにしたり、おにぎりにして、ご飯さ塩っけが染み出たどぎどが、たまんねぇがねぇ。なんだかんだ喋っても、ただしょっぺーだげの、スーパーなんかの塩蔵シャゲでは、新巻さは勝でねぇ。仙台では塩蔵シャゲを塩引きというどもね。
けむぼー やすさん、うちの実家の新巻は、基本的には塩抜きをきつくするので、甘塩に仕上げます。ただ、お客さんによっては、塩抜きを控えめにして、しょっぱく仕上げてくれという注文もあるようです。
OCCO 三陸の新巻は北海道の新巻と製法そのものがまったく違います。新潟の村上のものが近いし味も似ています。うちでは、しょっぺー新巻は夏まで取っておいてカラカラにし、薄く切ってあぶり、お茶漬けにしたり、おにぎりに入れたり。最近は、すべて甘塩甘塩になって、特にしょっぺー塩マスを見なくなりました。一切れでごはん3膳食べられるような、しょっぺー塩マスも、あれはあれで、またうんめー。身体には悪いけれど。
じん しょっぺー新巻が好きだぁっつう人も多いどもす――と、なぜか急に宮古弁になってしまいますが、近頃の子供は、しょっぺーど箸もつけねぇ。せっかぐ焼いで出しても、あれでは困ったぁもんだ。
JAN OCCO しょっぺーというと塩辛ですね。でも、いかの塩辛なら、4日ぐらいで変質するような塩加減のものが最高だと思うんです。常温でいつまでも腐らないM社のものなんか、化学記号オンパレードで、しょっぱいのなんの。
hajime 塩辛は、OCCOさんの意見に賛成。味が変わんねーよーに唐辛子をなんぼか入れれば、いぐらがもづ。
じん なるほど、薄塩の塩辛に唐辛子を入れる――初めて聞きましたが良さそうですね。
けむぼー いままでいちばん塩辛かったのは、長崎に行ったときに買った、シオマネキを原料としたガニ漬けでした。箸の先にちょっとつけた量で、茶碗一杯のご飯が食べられます。普通の塩のかたまりを舐めるより、しょっぱく感じられるのも不思議です。
じん ほほぉ、ガニ漬けですか。ガニ漬けというと、シオマネキという蟹をまるごとつぶして塩漬けにした、塩辛のようなものらしいですね。有明海のほうの名物らしいですが、食べてみたいですねぇ。ちょっと話が塩鮭から離れてきましたが……
hajime おらぁ塩鮭は、しょっぱぐねえのがいいど思う。おらんどこでは、サゲ(鮭)はフィレにして、薄塩で2日ぐらい干して焼いで食う。サゲの塩焼ぎは、これがいぢばんうんめーど、おらあ思う。あぐまで生がうんめー。できれば、みやごさきて、生の味を食ってければ、最高。
じん 生を3枚に下ろしてから薄塩をし、2日ぐらい干す――生に近くてうんまそうです。塩鮭も、できたら自分でつくってみたほうがいいですよね。けむぼーさんが、さっき実家の新巻の作り方を披露してくれましたけど、おさらいすると――
 ①1週間ほど塩漬け
 ②水槽にしばらく漬け置きして塩抜き
 ③エラやヒレの付け根、腹の中をタワシでごしごし洗い、塩やヌルヌルをこすり落と
 ④天日干し
こうすると、ただの塩漬けのようなキツイ塩辛さはなく、逆に身から出る美味さが甘く感じられる新巻ができる――どうでしょう、こんな感じで自分で作ってみるのもいいかもしれませんね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました