673 673 「さらば、京都大学病院」 石岡荘十

今年1月以来、手術の進め方をめぐってメスを取り上げられていた京都大学医学部の心臓血管外科診療科長・米田正始(こめだまさし)教授(52)が、このほど辞任・大学病院には戻らない決意を固めた。
 
事の次第はこうだ。
昨年3月、30歳の女性に対する肺移植手術が、呼吸器外科を主担当に心臓血管外科、麻酔科の3科が協力する形で行なわれたが、手術はうまくいかず、10月患者は死亡。
この症例をめぐって、“病院当局”は患者死亡の2ヵ月後の12月、米田教授に対してだけ「心臓外科の安全管理に問題がある。手術スタッフとのコミュニケーションが取れていない」などとして、教授本人から一度の事情聴取もしないまま、一方的に「手術自粛」を申し渡した。手術ティームのリーダーである診療科長も解職(降格)された。呼吸器外科、麻酔科に対しては“お構いなし”、自粛通達はなかった。
米田教授の経歴・実績、手術の安全性のデータなどについては、2007,03,05の本メルマで紹介しているので、ここではそれを踏まえて、その後の経過と同教授の決意を紹介する。 http://blog.mag2.com/m/log/0000153821/108313477.html
今年1月から、手術停止の処分を受けていた米田教授は、院長以下病院執行部との話し合いを求めていたが、埒が明かないため、3月6日、診療科長としての地位保全と慰謝料を求めて京都地裁に仮処分を申請した。
その後今日まで、裁判所は双方の審尋(事情聴取)を行い、和解を含め審理を進めてきたが、ここ1~2ヶ月以内に結論が出される見通し(米田教授)だという。
病院側は、このごたごたが週刊誌や新聞で取り上げられ、病院としての評判・評価が落ちることを慮って、5月10日、鹿児島大学の坂田隆造教授を招聘、同教授の指導の下、5ヶ月ぶりに心臓手術を再開した。事実上、これで米田教授の帰るところはなくなったことになる。
そこで8日、あらためてこの騒動の本当の原因と、今後の展開を米田教授に訊いた。
――病院が、メスを取り上げた本当の原因はなにか。
米田:院長とそれを取り巻く執行部が外科のことをよく分かっていない、嫌いだということでしょう。院長はもともと血液内科の出身で、外科が嫌いなのです。いじめです。
――それでも、先生は海外での実績を評価されて、教授に迎えられたのではないか。
米田:京大の人事は、いわば“巨人方式”なのです。つまり、自力で人材を育てられなくなると、札束とポストをちらつかせて他所からスカウトしてくる。しかし、この人物が気に入らないとまた、捜すといったやり方です。
私の手術の安全管理に対する考え方が、京大には合わないと執行部はいいますが、手術実績でも世界レベルより遥かにいいことは彼らも認めている。民間の病院でサジを投げ出したような難しい治療を引き受けることこそ大学病院の使命というのが、私の考え方ですが、執行部は難しい手術はリスクが大きくなるので避ける、減らすべきだという。
心臓手術はきわめて高度なスキルを必要とする治療法だが、このスキルを維持するためには、ある程度の数の症例を毎日こなす必要がある。ところが、京大では、「心臓手術は週4例」と枠をはめられていて、症例数を稼ぐことができない。スタッフのスキルも維持しにくい。で、一日に2件も3件もやろうとすると、麻酔科や看護師から文句が出るといった状態です。看護師代表は院長選挙でも選挙権を持っていますから、執行部は言うことを聞かざるを得ないという構図になっている。
――それでは、仮に裁判で主張が認められて復帰しても、意味がないのではないか。
米田:そうです。
――それでも裁判で地位保全を求めていくのか。
米田:ここまで来ると、裁判は“武士の一分”みたいなもので、“医師の一分”、一矢報いたいという意地みたいなものです。
彼らが言う「安全管理」は自分たちの地位保全のためのもので、いま手術が必要な患者の生命を救うためのものではない。これでは、先端医療に臨む医療施設とはいえない。そんな大学病院はいらない。
大学医学部には三つの目的がある。①研究、②教育、③臨床――だが、大学医学部で出世するのは、まず(質は別として)馬に食わせるほど論文を書くこと。その上で、学生にもそこそこ評判がよく、臨床も少し分かっている――その程度のドクターというのが業界、国公立大学医学部の常識であるという。
直接、患者と接し、治療を行なう「臨床」、医療行為の医学部内でのプライオリティーは最低なのである。患者の治療はいわば研究のための素材に過ぎない。難しい症例は研究者にとっては研究材料としては“お宝”であっても、患者の生死は二の次になっているという。それが本当なら、「いざとなったら大学病院」、「大学病院に行けば最高の治療を受けられ」と思い込んでいる患者は、とんでもない勘違いをしていることになる。
米田教授は心臓疾患に関する限り「何でもござれ」のエキスパートで、国内では数少ないゴッドハンド(神の手)を持つ一人といわれる。特に重症や複合手術、つまり、他の病院ではサジを投げ出す重くて複雑な症状の患者の治療こそが米田の得意分野であり、そんな重症患者の治療に挑戦することが大学病院の使命だと本人は信じている。これが、米田が先進海外医療機関で学んだ“常識”だったからだ。
重症の不整脈である心房細動を引き起こす巨大左心房を、正常な大きさに縮めるメイズ手術ではすでに国内で70症例の実績があり、海外からも高い評価を受けている。
また研究分野では、心臓を覆う血管、冠動脈を再生する再生医療ができるのは、世界で彼一人しかいない。このように特定の医師にしかできない治療法を、専門的にはトピックスというが、彼のトピックスは7分野の及ぶ。
そんなこともあって、すでにドイツ、フランス、カナダ、中国の医療機関から招聘のオファーが来ている。
「さらば、京大病院」
米田教授は、関東、中部の心臓臨床専門病院に拠点を置きながら、短期間海外の医療・教育機関で研究成果を普及・教育する仕事に転進する考えだ。20070610

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