少年時代は信州で過ごした。一歳年上の従姉が台所で日本ネギをドンブリに山のように刻んでくれる。それに醤油をいれてネバリがでるまでかき回すのが私の役目であった。七軒町小町と噂された従姉と一緒に朝食の準備をするのが楽しい想い出となっている。
信州味噌で作る味噌汁にも日本ネギが放たれた。ネギは味噌汁をガスコンロから下ろす直前に入れる。味噌汁と刻んだネギがあれば、ご飯のおかずはいらない。食糧難の時代だったら三杯目のお代わりは遠慮がちに出すのだが、従姉はちょっと睨んでよそってくれた。
東京に出てきてから下宿で自炊をしたのだが、ネギ入りの味噌汁と刻みネギは朝食の定番で欠かさない。信州ネギではなくて埼玉ネギなのだが、甘さが加わって好物となった。しかし最近の日本ネギは、どうもおいしくない。スキヤキで使う深谷ネギも昔のネギの味と少し違う。
トマトもそうである。真っ赤に熟れてひび割れしたトマトのあまい味がない。何となく水っぽい。キュウリに味噌をつけてビールのおつまみにしても、昔のキュウリの味がしない。だんだん野菜放れして、酒だけグイグイ飲む生活になって久しい。身体に良い筈がない。
福井県の黒田与作さんからダンボール箱で野菜を二箱送って頂いた。トマト、キュウリ、ナス、キャベツ、タマネギ・・・。季節の野菜がぎっしり詰まっている。いずれもピロール農法で作った野菜。
久しぶりに昔の甘い野菜の味を頂戴した。野菜を作る土地が違う。農薬を使わない。一般にいわれている有機農法とも違う。有機農法に海洋沈殿物などを加えた「ピロール資材」を田や畑に散布して、シアノバクテリアと呼ばれるらん藻を大量に発生させる農法である。
らん藻が地中で酸素を放出するから野菜の根の働きが促進され、栄養分の吸収が促される。ミネラルやカルシュウムなどの栄養分をたっぷり含んだ野菜ができる。この農法は二十七年前に福井県農業試験場に勤務していた寺島農学博士が発見している。今朝は久しぶりにキュウリに味噌をつけて、かぶりつこうと思っている。中国野菜に慣れた若い人たちは本当の野菜の味を知らない。不幸なことだと思う。
761 おいしい野菜はいずこ 古沢襄

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