829 マナス空港の米軍駐留は 宮崎正弘

キルギスの首都ビジケクで8月16日から「上海シックス」(上海協力会議)が開催される。
首都ビシケクは厳戒態勢にあるのか、と言えばそうでもない。ダレているわけでもないが、市内いたるところの警備がゆるんでいた。
町の繁華街広場では海賊版DVDが堂々と売られている。公設カジノもある。町をはしるクルマは圧倒的にドイツ製。それもベンツ、BMW、ワーゲンの順。日本車は三割。
ビシケクにはロシアからプーチン大統領、中国から胡錦濤、そして参加中央アジア五カ国(キルギス、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)から首脳すべて、これにイラン、モンゴル、パキスタンからオブザーバーが一堂に会するというのに、テロリスト潜入をそれほど恐れていないのか、まだ先のはなしと高をくくっているのか。(小生が滞在したのは7月20日から六日間)。
空路カザフスタンのアルマトゥ(先日までカザフの首都だった)にはいり、そこからバスで南下してキルギスへ入国した。「国境」は、まるで掘っ建て小屋で、急ごしらえ。
「入り鉄砲に出女」かと思いきや、カザフからキルギスへの入国は拍子抜けするほど簡単。むしろ反対側からカザフへの入国の方が難しい。理由は石油リッチのカザフへもぐりこむ不法移民を取り締まる目的。もうひとつは麻薬対策である。
ただし入管には、コンピュータが整備されており、審査は軍ではなく内務省役人があたる。
日本人はキルギスへビザなしで入国できるため、カザフからでるときに一人五分ほどかかる。写真と実物を見比べたり。
さて、小生にとって一番興味を抱いてきた問題とは、キルギスのマナス国際空港に駐屯している2000名のアメリカ空軍が、いつまで駐屯延長できるか、どうか。
ビシケクの宿泊ホテルから35キロの距離というので、タクシーを雇って行ってみたが、拍子抜けである。どえらい田舎の飛行場だ。空港の警備さえ二、三名しかいない。撮影を咎める軍もいない。(どうなっているんだろう?)
ビシケクの北西部にマナス空港があるが、同時に東部30キロのカントという町にはロシア軍が駐屯している。(バランスをとるため?)
▼ なんでアメリカの軍隊が居るの?
キルギスの人々に片っ端から聞いてみた(ただし英語の通じる人のみ)。
「米軍? なんで外国の軍隊が我が国にいるのか。政府とカネの関係じゃないか」(大学出のインテリ中年)
「米軍は早くでていって欲しいわよ。ロシア軍の駐留? 当然でしょう。ロシアがいると安心よ」(ロシア人女性。学校の先生)。
「米軍の役割はアフガニスタンだった。もう役目は終わっている。はやく帰ってくれ」(遊牧民)。
「中国? 我々が怖いのはもちろん中国だけど、対抗上、米軍が必要とは思えない。ロシアがいてくれるから」(タクシー運転手)。
たしかにキルギスはソ連崩壊直後、中央アジアで真っ先に独立した。
ソ連時代の共産党書記が、カザフでもトルクメニスタンでも、即座に権力を握ったが、キルギスだけは「アカデミー」のアカーエフが大統領に選任され、それが改革派を標榜したので、西側はやけに高い評価をキルギスに与えてしまった。
二年前に「チューリップ革命」がおきた。
腐敗したアカーエフはモスクワへ逃亡し、かわって「西側寄り」のバキーエフが大統領になった。
西側は大いに期待したが、バキーエフもまた、一族の利権、一族郎党だけが権力の周りを固め、汚職が横溢した。
「あれはアカーエフ前大統領より悪い」とビジケク市民は言う。(アカーエフは北部出身だったのに対して、バキーエフは南部出身。北部に位置するビジケクは南部の人を警戒する)。
もともと英米はボタンを掛け違えた。
キルギスが「民主国家」などと一方的で過大な評価のあやまりに、どうやら気づいたのだが、その判定タイミングは遅かった。
長かったソ連時代に情報操作されて、或いはロシア語教育が根付いてしまって、国民はすっかりロシアの文化、語学、教育、安全保障になれてしまったのだ。
その結果、ロシア軍の駐屯には「安心感」が、米軍の駐屯は「異物」「不信」というメンタリティが育まれていたのである。
これは現地で始めて体得できた皮膚感覚である。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)

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