日本では安倍内閣は早晩退陣が避けられないと「政権崩壊」を予測する向きが多いが、米政府当局者は違った見方をしている。米民主党のバラク・オバマ上院議員も、安倍首相が進める対テロ戦争など国際安全保障への貢献を歓迎している。
その裏には参院選で躍進した民主党の安全保障・外交政策が、まだ判然とみえない不安感がある。中国寄りの外交転換をするのではないかという疑念も払拭されていない。ワシントンの古森義久特派員は、この間の米国事情を次のように伝えてきた。
【ワシントン=古森義久】「安倍晋三首相が参院選の結果、『戦後レジームからの脱却』という基本政策の推進をやめろ、という圧力に屈しないことを強く望む。むしろ逆に、より強固に推進すべきだろう。有権者はこの政策への反対を表明したわけではないし、その政策こそ対米同盟の強化や日本の国際社会への貢献拡大につながるからだ」
米国のバンダービルト大学教授で元国防総省日本部長のジム・アワー氏は、今回の選挙の争点が年金問題や閣僚の失態、醜聞という国民の皮膚感覚を触発する領域に集中したことを指摘して、こう論評した。憲法の改正、教育制度の改革、国際安全保障への積極関与、価値観外交の促進など、安倍氏が「戦後レジームからの脱却」という表現で総括する日本国のあり方の基本を定義づける課題はまったく論点とならず、反対も表明されなかったではないか、というのだ。
もちろん異なる見解もある。どんなテーマにも多様な意見が錯綜(さくそう)する米国である。ロサンゼルス・タイムズは「安倍は日本のブッシュ?」というあざけりのにじむタイトルの社説で「傲慢(ごうまん)だという定評の安倍首相は戦争放棄の憲法の改正や軍事でのより広範な国際安保の役割を主張したが、有権者は彼の熱意を共有しなかった」と評した。
この種の論調は「安倍たたき」に近い非難を続けてきたニューヨーク・タイムズも同様で、そもそも日本側がブッシュ政権と協力して同盟を強化することが危険だとみなすから、今回の選挙で安倍首相の基本政策が否定されたような見解をことさら強調する。
しかし国政レベルで実務に責任を有する当事者となると、反ブッシュ陣営でも、民主党リベラルのトム・ラントス下院外交委員長が安倍首相の改憲努力に賛同を表明したように、安倍政権の対外政策を支持する向きが多い。大統領選に立つバラク・オバマ上院議員も、安倍首相が進める対テロ戦争など国際安全保障へのより大きな貢献を「普通の国」への道と評して歓迎した。
だから今回の選挙も、首相の対外政策の根幹が否定されたわけではないし、そうであってはならない、という読み方に傾くこととなる。
ブッシュ政権で最近まで国家安全保障会議アジア上級部長として日本やアジアへの政策実務を担当したマイケル・グリーン氏は、このへんの錯綜を整理する形で論評した。
「安倍政権の崩壊というような推測は早計にすぎる。安倍氏は選挙の結果、野心的な外交政策や国家安全保障目標から後退せねばならないという観測があるが、その正反対が真実だろう。彼は外交や安保の政策のために選挙で障害にあったのではないのだ」
グリーン氏はそして安倍首相がインド訪問やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)、国連総会への出席で他の民主主義諸国との戦略的きずなの強化を主張し、国内的には集団的自衛権の行使を可能にする政策調整を終えることを提唱した。
こうした米側の安倍首相の今後に対する見方には民主党への不安も明らかにからんでいる。「民主党にはまだ党としてのアイデンティティー(独自性)がなく、目先の国内政策以外の基本政策も不明」(アジア安保の専門家のブラッド・グロッサーマン氏)とか「(民主党の政策の結果)官僚の天下り規制などの公務員制度改革が遅れ、インフラなどへのばらまき公的支出が増えて『大きな政府』へと逆行する」(ウォールストリート・ジャーナル社説)という懐疑である。(2007/08/03 03:20)
845 安倍政権崩壊の推測は早計 古沢襄

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