922 農村に農家が無くなる 渡部亮次郎

毎日新聞 (2007年8月24日)によると、
<農林水産省は、戦後の農地制度の基本理念だった「自作農主義」を放棄する方針を固めた。耕作者自身が農地を所有することを原則とした農地法の規定を修正する方向で、来年の通常国会に同法改正案を提出する見通し>とのことである。
これは敗戦直後、マッカーサー元帥の命令で行われた農地解放の根本的な見直しを意味する。あれ以来、小作農を苦しめた不在地主はいなくなったが、今度は企業が地主になって農村に君臨する時代が来た。農民がサラリーマン化する時代が来た。
<農林水産省は農業の体質強化のために経営規模拡大を促す改革を進めているが、農地の「所有」よりも賃貸借などによる「利用」を重視した法体系に転換することで、大規模農家や法人に農地が集まりやすいようにする。
戦後の農地改革は、農村を民主化・近代化するため、戦前からの大地主による土地所有を解体。小作農の大半を自作農に変えた。
これを受けて1952年に制定された農地法は、立法目的を定めた第1条で「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認め」るとした。農地の貸し出しには、小作地の面積制限など厳しい規制がかけられた。>
しかし経済の高度成長が農村を根本的に変化させ、結局は農家が様々な理由で自身を維持できない時代に追い込まれてしまった。
<高度経済成長下で農業人口が減り、規模拡大による効率化が課題に浮上した。しかし、農地を手放すことへの農家の抵抗感は強く、所有権の移転による農地集積は成功しなかった。
このため、農水省は賃貸借による農地の流動化へ徐々に軸足を移し、農地法の特例として借地の制限を緩めるなどした。法体系の根幹にある自作農主義は実情に合わなくなった>。
農地を所有出来ないながら、農業で生計を立てようとする者は『地主』から土地を借りて耕作する以外になかった。『小作農』と呼ばれ、収穫の半分以上を地代として地主に物納する結果、貧しく「水飲み百姓」として卑下された。貧しさゆえの被差別階級でもあった。
そうした階級は日本農民の70%を数えた。その彼らが敗戦故に自作農となった。夢を見ているような幸福であったろう。一生見る事のできない夢をマッカーサーが見せてくれたのである。土地所有に貧しい農家ほど執着する理由はここにある。
しかし、夢は長続きしなかった。
<農家が高齢化し耕作放棄地が急増するなか、農水省は農地の「利用」重視を更に明確にした農地政策全般の見直しを検討中だ。具体案を秋にまとめる。
農地の貸手と借り手を仲介する新しい機関の設置▽農地を貸しやすくするための税制見直し▽一般企業の農地借り入れ規制の緩和--などが柱となる見込みで、24日、同省の有識者会議で骨格を提示した。
自作農主義からの転換は、こうした改革を理念の面から支える。「小作」など時代に合わなくなった用語も廃止することを検討している。>
一方、読売新聞(2007年8月23日3時4分)によると農林水産省は、企業の農業参入を促進するため、株式会社などによる農地の借り入れ制限を原則撤廃する方向で検討に入った。
<2006年度の食料自給率(カロリー換算)が13年ぶりに40%を割り込むなど、農産物の国内供給体制が弱まる中で、企業の力を活用して、規模拡大と競争力の強化を促す狙いだ。
農水省は今秋にまとめる農地改革の柱とする考えで、来年の通常国会に農業経営基盤強化促進法などの関連法改正案を提出し、08年度中にも実施したい考えだ。
戦後の農地政策は、農家が自ら耕作者となる「自作農主義」が根幹となっている。実現すれば戦後農政の転換点となる。24日に農水省が開く有識者会議で検討が始まる。
企業が安定して農業経営をできるように、農地を20年程度の長期にわたって借りられる定期借地権制度も導入する。
一方で、企業の進出に対する農業関係者の警戒感にも配慮し、農地の所有については農家以外に認めない原則は堅持する。
企業による農地借り入れは、05年から全国で認められているが、企業数は10年度目標の500に対し、07年3月時点で206にとどまっている。
企業が借りている農地の面積は595ヘクタールと全農地の0・01%程度に過ぎず、制度活用が課題となっていた。>
農村=保守的=自民党支持の概念は急速に変化する。昭和29(1954)年春、大学受験のため上京した際、親戚の大学生に「農家は儲からないから」と言われた時はショックだった。なるほど儲からない職業に就く危ういところを脱出した自分を見たからである。
かくて農地法の大改正は農村から農家がなくなることを意味する。「“小作”など時代に合わなくなった用語も廃止することを検討している」というが、農村と言う言葉も死語になる世紀が来るかもしれない。2007・08・24

コメント

タイトルとURLをコピーしました