932 滋野一族・真田の不思議 古沢襄

NHKの大河ドラマ「風林火山」で真田幸隆が海野家(真田本家)の再興を武田晴信(信玄)に願い出るシーンがあった。その時に晴信は「真田は盲人の系統か」という趣旨の質問をしている。
享保十六年に松代藩士・竹内軌定が記した真田家の歴史書「真武内伝」という書がある。多くの真田伝記は真武内伝に依拠している。信玄伝記である「甲陽軍鑑」が脚色されて史実と違う点があるように真武内伝にも脚色がある。しかし史実と合致する部分も、かなりあるので真田家について知るためには必須の書となった。
その中に清和源氏の祖・清和天皇の皇子の貞保親王が、眼病を患って信濃国浅間温泉で療養したが、視力が回復せずに盲人となった。そのまま都に帰らずに信州の小県郡望月郷海野白鳥庄で生涯を終えたという記述がある。
この貞保親王が真田家の開祖と信じられている。真田氏は貞保親王を滋野天皇と敬い、白鳥明神として白鳥神社に祀ってきた。信濃には皇室直属の御牧(放牧場)が数多くあって、優秀馬の産地として知られた。放牧に携わる者には朝鮮帰化人が多くいた。最大の御牧は望月牧。
盲目の貞保親王は地元の有力者だった深井氏の世話になり、その娘との間に一子が生まれて海野小太郎幸桓と名乗った。海野小太郎幸桓は海野をもって称号とし、滋野をもって姓としている。やがて海野家(宗家)、禰津(ねづ)家、望月家が滋野三家として名を馳せるようになった。
真武内伝の続きになるが「ある記にいう。滋野氏は百済国の王なり。仁明天皇の御代に来日し・・・」とあって「この説は証拠がない妄言」と否定している。一方、史実としては、平安時代の初期に北信濃や東信濃の朝鮮帰化人に対して倭姓(日本の苗字)を与えたという記録が残っている。
東信濃の名族・滋野氏の出自は謎に包まれている。真武内伝をそのまま信じるわけにはいかない。私は朝鮮帰化人説も捨てきれないと思っている。
それは別として海野幸義(二十九代)になって、その弟の幸隆が分家してできたのが真田家という説がある。幸隆は幼名を海野小太郎と称している。真田家の系譜「滋野世記」では兄の幸義が村上義清と戦って討ち死したので、幸隆が海野家の嫡流をついだことになっている。
しかし幸隆が真田家を興した史実と矛盾が生じてしまう。海野氏の氏神・白鳥神社の神主家に伝わる系図では、海野幸義の妹がいて、その子が真田幸隆となっている。幸義と幸隆の関係は兄弟ではなく、伯父・甥となる。そうなると真田氏という支族に本家の海野家から嫁がきて幸隆を生んだことになる。
いずれにせよこの滋野一族は、村上義清と海野平の戦いで大敗して、海野氏、真田氏らは没落してしまう。さらに武田信虎(信玄の父)に攻められ、滋野一族は信濃の土地を捨てて、上州の箕輪城主・長野信濃守の保護を求めている。
流浪の身の真田幸隆が信虎を追放した武田晴信に仕える気になったのは、一種の賭けであった。信濃攻略を進める晴信の家来になって、信濃の旧領を回復しようと決断した。一説には幸隆を晴信に推挙したのは、武田宿将の板垣信方だという。この時期は「沼田記」では天文十四年。「滋野世記」は天文十五年と伝えている。
白鳥神社の神主家系図には討ち死した海野幸義に娘がいて、武田龍芳に嫁し、龍芳は海野二郎を名乗った記載がある。武田系図では龍芳(龍宝)は信玄の次男、盲目だったために僧籍に入っている。
大河ドラマで晴信が「真田は盲人の系統か」と幸隆に聞いたのは史実に近い。貞保親王が盲目だっただけでなく、滋野一族は盲人と関係が深い。さらに妖術を使った。おそらく滋野一族は東信濃の盲人を支配していたのではないか。
この例証として滋野禰津家の祖神・四宮権現は盲人の祭神。滋野望月家の祖神・諸羽明神も盲人の祭神である。宗家の海野家、実質的に宗家となった真田家が崇める白鳥明神は盲目の貞保親王である。晴信が「真田は盲人の系統か」と幸隆に聞いたのは、このような背景があって、次男の龍芳を滋野一族に授けた伏線となっている。

コメント

  1. 信濃大門 より:

     長野県東御市の深井氏をかつて研究したことがあります。
     真田家は海野氏の分流ですが、海野家の本流とすることに深井氏が大きく係わっていたようです。
     深井氏は、村上氏により上州に追われてもかつての領土に戻るために、相当の帰郷の執着心で真田家に協力したようでした。
     真田右馬助綱吉という人物が古文書(生島足島神社)に出てくるのですが、戦国真田家の解明は、この人物が鍵のように思います。

  2. 幸時 より:

    貞保親王は、正確には信州滋野氏の祖であるとされている架空の人物です。また、真田家を起こしたのは海野小太郎幸隆であるという説が江戸時代に一般的でした。
    真武内伝など江戸時代に編まれた真田氏の史書には「貞保親王→滋野氏→海野氏→真田氏」と正統が続いていると言う見方がなされていますが、現在では否定されています。詳しくは私のブログをご覧になっていただければ分かると思います。

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