▼「第二のレーガン革命」の実現には大いなる距離
世界一の軍事力を指導するポスト。アメリカ大統領。
2008年11月。選挙はまだ前哨戦。本番までおよそ一年と一ヶ月を残す。とはいえ、現状ではヒラリー・クリントン上院議員が、次期ホワイトハウス入り競技で勝利の座を射止める可能性は、きわめて高い。
彼女は外交的にタカ派を演じ、国内的には中道を訴え、自らのリベラル色を懸命に隠してきたが、最近はその必要もなくなった。
なぜなら米国全体が四半世紀ぶりに左傾化の波に傾斜しているからである。
対抗馬となる共和党レースのトップを走るジュリアーノNY元市長が、民主党と変わらないリベラルであり、同性愛、妊娠中絶を公然と是認している事態が、米国の軟弱な左傾化ムードを端的に反映している。
さて、9月6日。共和党の指名レースに俳優出身のフレッド・トンプソン元上院議員が出馬を正式に表明した。
トンプソン氏は不法移民の規制強化、小さな政府の迅速な実現など共和党保守派が本来重視してきた政策を明確に打ち出し、ジュリアーノ元NY市長やジョン・マケイン上院議員らのややリベラルな立場との差異を鮮明に際立たせる。
第二のレーガン革命を狙ったのか、トンプソンも性格俳優として有名であり、共和党内のエバンジュリカル、キリスト教原理主義など保守派の大票田からの得票を標的にしており、いきおい、ジュリアーノ陣営は苦戦に追い込まれた。
トンプソンは党内右派ばかりか、共和党の支持基盤全体を視野に入れたマニフェストを掲げる。
その立候補声明にあたり、「米国は数年いないに困難で危険な局面を迎えるだろう。最大の課題である対テロ戦争は、イラクとアフガニスタンが当面の最前線であり、成果を得るには、米国にできることをすべてやらなければならない」として、イラクでの米軍駐留路線を堅持するブッシュ政策を支持した。
しかし、トンプソンの主張を支える保守派は、その基盤を脆弱にしつつある。米国の政治潮流は左傾化が著しい。
保守陣営のメディアでさえ現状を次のように分析する。
「アメリカ人の大多数が新しい方向へ転換を望んでいるが、同盟国の多くがまだイラク政策で米国の安全がより危機に陥る方針を頑固に支持している」(ワシントン・タイムズ、8月11日付け)。
レーガン革命以来、過去四半世紀に亘って、世論調査の結果は、「三分の二が自分を保守と答え、リベラル(米国で「リベラル」とは左翼と同義語)と答えたのは五人に一人」しかいなかった。ブッシュ政権のレイムダック入り直前まで、米国はなんとなく保守だった。
ところが政治環境は劇的に様変わりしており、ジュリアーノ共和党候補者は「ゲイの結婚も妊娠中絶も認める」と発言し、共和党の変化を象徴してきた。これじゃ、左翼とかわらない、として保守派はレーガン並みの候補を探してきた。
▼聖書福音派も選挙での勝利には絶望的な展望しか抱いていない
トンプソンが現れるまで、たとえリベラルな社会政策を推しだして、たとえ共和党の大票田であるエバンジュリカル、ライフル協会など保守路線の政治圧力団体を敵に回しても、党内レースでは勝てる、とジュリアーノ陣営が考えた。
ソ連を悪の帝国と言ったレーガンを「戦争屋」「時代遅れの右翼」と批判していた米国のリベラルなジャーナリズムが、途中からのレーガン人気の爆発的継続を「米国の保守回帰」とは書かず、「グレート・コミュニケーター」と表現した時代があった。
要するにNYタイムズ、ワシントンポストなど北東部のリベラルなメディアは米国の国を挙げた保守化現象を認めることがイヤなのだった。
ブッシュ・パパがレーガンの後継として湾岸戦争を始めるや、国民の人気はレーガンを追い越すほどのピークを打った。 だが保守のあまりの跋扈は暗転した。
1992年、いきなり「第三党」を組織してロス・ペローが出馬し、パパ・ブッシュの再選の芽は荒々しく摘まれた。その後、漁夫の利で大統領になったビル・クリントンとて全米を覆った保守主義の厚い壁に逆らうことなく、ビル自身は、個人としては左翼だったが、政策は保守路線を歩んだ。
それほど厚かった保守主義の壁が内部から決壊していたのだ。
ブッシュ大統領の不人気はイラク戦争の泥沼によるものだが、政権発足当初に明確だった「中国包囲戦略」を9・11テロ事件以後は180度転換させて、中国という旧敵と手を繋いだことにもよる。保守派はブッシュ政権の内なる敵となった。
共和党内に不満が燻った。
緒戦のブッシュ路線を強引に牽引したネオコンは政権の周辺からいなくなった。このネオコンの凋落が米国の保守派の退潮を象徴してあまりあるだろう。
国民は正義の影が遠のいたイラク戦争に苛立ち、富の偏在を生みやすい社会政策に不満を漏らし、とくに医療保険政策にもっと大幅な改善を求めている。
「小さな政府」(ネオコンの基盤)はもはや無用。「大きな政府」が良い。「ケネディやジョンソン民主党に戻ろう」と無責任な社会保障政策を言い募った左翼のメンタリティにアメリカ人は回帰しつつある。
これまではゲイやレズ同士の結婚、中絶を認め移民制限の緩和を言う共和党内左翼は、ブッシュ政権の共和党では少数派だった。
個人主義的な西部共和党、モラルを重んじ宗教を尊ぶ南部共和党の両翼にのってブッシュ丸は航行してきた。その船は難破した。
エバンジュリカル(聖書福音派)も選挙での勝利には絶望的な展望しか抱いていない。
日本は米国次期政権の左傾化、反日路線、貿易保護主義路線に心構えを強めよ。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)
969 トンプソン参戦が意味するもの 宮崎正弘
宮崎正弘
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