安部英樹『洪門人による洪門正史』(雅舎発行、発売=錦正社)中国の巨大秘密結社の内幕と歴史が日本人によってダイナミックに描かれた
この本は中国近代史、とりわけ社会の裏面史に興味の向きには必携である。
それほど資料的価値も高い。中国の秘密結社の歴史や、その人脈、組織、教義、しきたりに関しては多くの本が書かれた。しかしどれもこれも局所的である。理由はたいへんに簡単である。秘密結社はその「秘密」を決して外部に漏らさないからである。
フリーメーソンの嚆矢は、石工のギルド的組織だった。十四世紀ごろ、ここへ弾圧を逃れてユダヤ人が大量に入りこむようになって、その秘密の儀式と組織が変化した。もともとはヨーロッパの築城のためのエンジニアが集まった職能集団という側面が強かった。
洪門会もまた、中国のおける傭兵というより築城の専門グループが発祥の所以だろうといわれた。
世に言う「青幇」「紅幇」が中国の秘密組織の代表的な存在だが、後者「紅幇」が、本書に扱われる洪門のことである。
前者青幇は、洪門の分派ともいわれるが、揚子江の水運ギルドから誕生した。後者は陸運のギルドから発展した。青幇の代表が杜月笙や蒋介石、紅幇の代表が孫文、洪秀全らだ。
それにしても類書が多いなかで、本書が極め付きに面白く、有益かつ中国史の裏面をえぐるユニークな仕上げとなっている。そのわけは、おそらく著者自身が洪門会のメンバー(日本人メンバーは、よほど信用がないと加盟できない)だからであろう。
著者の安部氏は上州生まれで番長を張っていた不良少年出身。ある日、一念発起してアメリカへ渡り、それから世界を放浪した挙げ句に台湾で義兄弟の杯をかわした相手が洪門の幹部だったのだ。
放浪中、エジプトでは小池百合子前防衛相の父親や兄弟の世話になったという。波乱に満ちた前半生をおくってきた。武闘と酒宴を繰りかえす無頼漢の日々。いまや洪門南華龍義堂の「副堂主」。
さて洪門会の歴史は秘技と神話に満ちており、福建少林寺起源説から鄭成功説まで大きく五つほどある。
始祖は段洪盛とされる。
白蓮教が洪門に巨大な影を落とすが、もともと秘教と言われる白蓮教は、マニ教に似ている、いや「ルーツをもいえるのがマニ教」と著者は言う。
マニ教が少林寺で密かに祭られていた可能性があり、つまりマニ教は弥勒(メシア信仰)が基礎にある。末法思想は、世の大乱のときに現れる。
魔尼(マニ)教はイランからやってきた。唐の都・長安はペルシアからの文物がヤマのようにはいってシルクロードの拠点となった。
東西文化が衝突するオアシスでもあったが、ここに最初に入ってきたゾロアスター、キリスト教ネストトリウス派(景教)が、中国に昔からあった道教、仏教の列に混入し、混在した。中国の宗教は花盛りとなった。
しかし易生革命につきものの、権力者と宗教の距離の関係は時として難しく、儒教は秦の始皇帝によって弾圧されたように、唐の後期には道教をのぞく全ての宗教は弾圧される。
そのときマニ教だけが地下に潜った。つねに迫害され、それが秘密結社的な闇の存在となって任侠、遊侠に結び付き、紅巾の乱の背景となった、と著者は力説する。
「ゾロアスター教の改革者であるマニが始めた」というマニ教は「光明神と暗黒神が創造した二元論」に立脚する。「この点でゾロアスター教と同じですが、マニ教のほうが、より善悪の区別という面では徹底している」と著者。そして弾圧をかいくぐるために仏教に潜り込み、弥勒菩薩信仰となった。
▼「魔尼(マニ)教」はゾロアスターの改革派だったが、「洪門」は、その流れをくんだ白蓮教と遊侠が繋がったものなのか?
爾後、「洪門」の秘密のネットワークは王朝の変遷の裏面で反乱軍、匪賊の汚名を着せられたりしながら、地下に潜伏し、叛乱期、革命期には顔をだす。
宋三姉妹で有名な宋一族は海南島の三合会メンバーだった父親の娘たちだった。孫文も洪門会、そして太平天国も義和団も洪門会の地域的、集団的決起という裏面が極めて強い。
明王朝を創建した朱元章は白蓮教徒とされるが、当時、白蓮は日月教と言われた。朱元章が敬虔な宗教者ではなく、権力を握るや、かれは白蓮教を弾圧する。
さて洪門会が天地会とも言われる所以は、『水滸伝』にでてくる百八の豪傑、英雄の組織図が、つまり梁山泊の組織的な数字が天上の三十六星と地上の七十二の星を合計した数だからだ、と著者は言う。
膨らんだ組織は無数の広がりを見せるが、重要な五団体がる。天地会、添弟会、三合会、三点会、そして可老会。ただし添弟会と天地会は同一。三合会と三点会も同一。したがって洪門会とは、天地会、三合会、可老会の統一団体である。
このネットワークはいまも厳然と世界各地に生きていて、秘密結社であるがゆえに地下の構造はわかりにくい。
アジアの反日運動も、洪門会のネットワークに便乗しているのではないか、と思われるが著者はとくに触れていない。
もうひとつ、本書を通じて国民党に付随して多くの洪門会メンバーが台湾にやってきた歴史はのみこめたが、しかも、そこから竹連幇などのやくざのネットワークも誕生しており、その民族派、宗教、やくざ、任侠との区別、あるいは距離感がややもすれば理解しにくかった。
大陸の14k、新義安など強大なヤクザとの繋がりなども本書を通じては謎のままである。秘密結社を繙くのは、やはり難渋をきわめる。とは言え、一気に読んだ。小生には興味が尽きず、面白かった。
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