1080 女優・小林千登勢さんを想う 古沢襄

小林千登勢さんは私の好きな女優であった。亡くなって三年の歳月が経った。NHK朝の連続テレビ・ドラマ「鳩子の海」「おしん」で活躍していた。クイズ番組の常連でもあった。
六十三歳で“骨髄のがん”といわれる多発性骨髄腫におかされ、闘病生活を送っていた。平成12年に骨髄腫の告知を受けた。すでに病状がかなり進行していて、45キロあった体重が39キロに落ちていたという。死因は心不全と発表されている。
十万人に二、三人という”難病”と当時はいわれていた。今もそれは変わりない。抗がん剤治療が効かない病といわれている。過労が禁物である。
小林千登勢さんは髪の毛などが抜ける恐れのある抗がん剤治療を「女優だから」と拒否して投薬治療を続けている。美しくありたいという女優の心意気が偲ばれる。
私が今、同じ病におかされている。十月十八日に血液内科の専門医から告知を受けた。三年前にこの専門医によって骨髄窄刺という検査を受けたが、その時は「骨髄腫の初期の初期だった」という。
三年後に再び入院して骨髄窄刺を受けたが、その結果は「骨髄腫の初期」だという。やはり病状が少し進行したということであろう。しかし治療行為をする段階ではないという。ジワジワと病状が進行してはいるが、きょう明日にどうこうなるというものではない。
体重も71キロで変化しない。骨のあちこちに痛みが走ることもない。とりあえず三ヶ月後に再検査(血液検査と尿検査)をして、さらに病状が進んでいれば一ヶ月ごとの検査が必要になるという。その進行状態をみて投薬治療をするか判断してくれることになった。
粋がるわけではないが、小林千登勢さんと同病なら光栄である。好きだった女優だったから尚更である。間もなく七十六歳になる。現役を引退して好き放題のことをしているから、無理をせずに、ただでさえ残り少ない人生を精一杯生きるしかない。悲壮感はまったくない。
小林千登勢
本名・山本千登勢。1937年2月13日、旧朝鮮・京城(ソウル)生まれ。文学座研究生からテレビ草創期のNHKと専属契約を結び、数多くの名作ドラマに出演。59年「輪唱」で共演した馬淵晴子、富士真奈美とともに「NHK3人娘」と呼ばれ人気を集め清純派スターとして活躍。65年に同局ドラマ「美しき遍歴」で共演した山本耕一と結婚。72年に長女を出産後、いったん女優を休業したが、74年にNHK朝の連続テレビ小説「鳩子の海」でヒロインの育ての母を演じた。

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