1111 ヒラリーの日本無視 古沢襄

ヒラリー・クリントンが米国初の女性大統領になったら日本は無視されるという観測がある。ボブ・クリントン大統領の時も日本軽視・中国重視が米アジア政策だったが、それは次のように解釈しておいた方がいい。
もともとボブ・クリントンもヒラリーも日本を擬似独立国家としてしか認識していない。もっとはっきりいうなら米国の第51州的な国家だと思っている。日本をどう邪険に扱おうが、結局は黙って米国についてくる・・・米国の第51州的な国家が連邦政府に反逆する筈がない。
ヒラリーが「フォーリン・アフェアーズ」に発表した論文で、日本に言及がないことが問題となったが、それは意識的に日本を無視したのではない。無意識の中に米国の第51州的な観念があったから、あえて日本に触れなかっただけである。
残念ながら日本は今も昔も米国という下駄に付いた雪の塊。どこまでもついて行きます”下駄の雪”。敗戦後、六十年余りの歳月が去ったが、それがいつわらない日本の姿なのである。
国連で米国に次ぐ分担金を支払いながら、今もって日本の敵国条項が外されていない。米国がその気になれば、ずっと以前に敵国条項は消えていた筈だ。あの敵国条項は戦前の軍事国家・日本のことで、それを忘れないために残しているというのであろうか。
だが、こういう扱いを受けていると日本もいつまでも唯々諾々と米国の言いなりになってはおれないという国民感情が爆発する。一寸の虫にも五分の魂がある。安倍内閣は儚くも潰え去ったが、戦後レジームからの脱却という保守主義は依然として残っている。
ヒラリーに無視されることが、今の日本にとって必要なことかもしれない。それで覚醒しないことには、いつまで経っても日本は米国の第51州的な擬似独立国家のままであろう。夏がきても”下駄の雪”だけは消えない漫画的な世界で、一時の平和の夢をむさぼり続けることになる。

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