▼ウクライナの西側民主化の教訓はどこへ消えるのか
ウクライナに親欧米派のユーシチェンコ大統領が登場したのは2005年、「カラー革命」の走りで欧米が賛美を送った。
ロシアKGB得意の戦術は政敵の暗殺。ユーシチェンコ大統領は毒をもられ、九死に一生をとりとめたが、美貌は吹き出物に歪んだ。
06年1月1日、ロシアはウクライナ制裁を目的に突如、ガスの供給を中断した。資源を干しあげようとしたのである。資源外交の政治武器化の嚆矢になった(詳しくは拙著『世界新資源戦争』(阪急コミュニケーションズ刊)を参照)。
いまウクライナの大地を揺さぶるのは東西分割に向かうかのようなささくれだった国民の感情対立であり、それは「内戦前夜」ほどの悲壮な対決ムードを醸し出している。ウクライナの東部における「親ロシア派」政治勢力の顕著な台頭である。
▼山国牧畜のキルギスもまた
親ロシア派のアカーエフ前政権を平和裡に倒した「チューリップ革命」を演じたのはCIS、中央アジアの小国キルギスだった。
民主政治家バキーエフ大統領の登場は期待と賛美で西側マスコミも書いた。拙論「中国文明の胎動と周辺諸国」(『正論』11月号)で触れたように、そのご、「民主派」で「親欧米派」と目されてきたバキーエフ大統領は、踵をかえすように親ロシア路線に邁進し始めるのだ。
アカーエフ前大統領も民主派、非共産党だったが、権力を握るや側近の腐敗が蔓延った。かれはキルギス北部の出身で、南部とは対立していた。いまも、同国は部族ならびに氏族の対立が社会の基層をなしている。
バキーエフは南部の政治家、ご都合主義的に憲法改正を策動、大統領権限をプーチン並みに高める一方で野党(北部部族が主軸)の政治活動を抑制し、ネポティズム丸出しの専制政治に陥った。
ロシア軍の駐留には文句を付けないで、マナス国際空港をかりうける米軍を追い出そうと動くのも、背後にロシアが動いているからだろう。「民主化」は形骸化する懼れがでている。
▼グルジアの運命、ふたたびの暗雲
さて、サアカシビリ大統領率いるグルジア。グルジアの民主革命もまた、民主主義による平和的手段で、旧ロシア路線のKGB的な政権から独立色濃いサアカシビリが登場した。2004年だった。
ロシアの代理人的なシェワルナゼ政権は敗退した。ロシアの頸城からの独立という素朴な国民感情の表れだった。
06年12月、とうとうグルジアはロシアの駐留軍を撤退させた。グルジアはじつに二百年ぶりに真の独立を果たした。
しかし、あの帝国主義的強権体質に舞い戻ったプーチンのロシアがだまっている筈があろうか。
グルシア領内のオセチア、アブハジアの武装勢力を背後で煽り、サアカシビリ政権を揺さぶる策動をつづける一方で、ロシアはグルジアへの石油とガスの供給を止めた。オセチア、アブハジアはサアカシビリ政権の実効統治がおよんでいない。民族と宗教が異なるからだ。
サアカシビリ大統領は窮地に陥った。しかし距離的に遠いEUも、ましてや米国も、たすける手だてがなかった。
グルジアは、西側の一員になりたい一心で、NATOのメンバーに加盟したい一心で、健気にもイラクとアフガニスタンに二千名の軍隊を送った。派遣されたグルジアの軍人に犠牲もでた。
あの国力(人口は450万人)で二千名の平和部隊(同国人口の0.044%)とは、日本にあてはめれば五十万余もの自衛隊を戦場に派遣していることと同義である。
にもかかわらず「欧米は遠く、ロシアは隣り」。グルジアの反対党(共産主義ではなく、ネオコン、ニューライト、民族主義過激派など)は、この時点に来て「サアカシビリ路線に反対」の狼煙をあげることになった。
11月2日に首都のトビリシではサアカシビリ路線に抗議する大規模なデモが行われる。2003年の薔薇革命以来、最初の大々的抗議行動である。
だが、抗議のデモは十以上ものミニ団体が協議会形式のアドホックな政治デモを組織するもので、政党としては極少数の寄り合いである。国会に議席をもつ「ニューライト」「産業」というミニ政党が、この抗議行動に加わるが、議会はサアカシビリ与党が牛耳っている。
筆者にはこのグルジアの動きがどうしても台湾と二重写しになるのだ。独立を言いたい。けれども欧米は否定的で日本はアテにならない。独立は理想だが、中国の圧力が目の前にあり、台湾は政治的に強く振る舞えない。しからば北京の御機嫌をとって、しばらくは「統一」と戯れ言でも言っていよう。
(北京を凶暴にさせて武力行動をとらせないためにも、独立をいう政治家より、統一をいう政治家をとりあえずは選択しておこうか)。
▼グルジア政治に王政復古の動きも
さてグルジアの億万長者はバドリパタルカチシビリという。かれは「サアカシビリ路線は、われわれが理想とする独立からますまる遠くなり、地域統合や民主政治の実現は遠くなった。経済の独立を強め、政治的独立をさらに強化するべきだ」と訴え、野党連合に資金をだす。
国民がもやもやと感じているのは「米国は友好的であっても、地理的に遠隔地。ロシアは侵略的だが、となりにいる。グルジアは資源をロシアに依拠している。EUへの仲間入りはグルジア国民の願望だが、サアカシビリ大統領では実現できまい」とバドリパタルカチシビリは言うのである。
しからば?驚くべきでもないが、グルジアには王政復古の論調が目立つようになった。国王制度を復活すれば、分裂志向のアブハジア、オセチアもグルジアに納まる。
コンスタンチノーブル(ビザンツ帝国)の流れをくむグルジア正教は古く、言ってみれば、ロシア正教の先輩格であり、国王の復活はギリシア正教の流れをくむ正教会派が多いという地盤がある。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)
1119 ロシア新皇帝プーチンの巻き返し 宮崎正弘

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