1144 大紅袍と梨山高山茶較べ 古沢襄

わが家に来る客人は、中国の武夷岩茶・「大紅袍」を飲まされる。北陸の九谷焼きの小さな煎茶用の茶碗に85度で温められた大紅袍。口をつける前に、たっぷり世界の茶の元祖である中国茶の由来を聴かされるはめとなる。講釈が終わる頃には85度が70度くらいに冷めている。
「これが世界で最古で最高の大紅袍です。茶樹は四本しか現存しません。いつも中国の人民軍兵士が警護しています。茶葉は中国政府が全部買い上げ、国賓級の客人にしか出しません」
「樹齢三百年を超えていて、武夷山の天心岩の一角にある古木の年間の生産量も2kgほどで、原木から採れたものは10グラムで数百万円もするといいます」・・・客はびっくりして、茶碗の中をのぞき込む。
その驚いた顔をたっぷり楽しんでから「これは原木の大紅袍ではありません。そんな高価なものが、わが家にある筈がないでしょう。原木の大紅袍と似た茶樹を、同じ気象条件下で育て、一流のブレンド師が作った中国本場の大紅袍です」・・・客は恐るおそる大紅袍を口にする。
そこで武夷岩茶の淹れ方の講釈が始まる。中国上海市長楽路にある中国茶ブティック『TEAsia』(ティージア)で店長で、中国認定の茶芸師・上海小町さんから直伝の淹れ方だから胸を張って、講釈にも力がこもる。
「まず一煎目は100度のお湯を注いで、蒸らさずに捨てます。これを洗茶といいます」実はその理屈が分からない。貧乏性だから一煎目を捨ててしまうのは、勿体ない気が先に立つ。私なりに解釈すれば、茶葉の香りをだすために、茶葉を少し開かせる工夫ではないかと思っている。
日本茶の玉露は、お湯の温度が75度ぐらいでないと甘味のあるお茶の味が出ない。100度のお湯を注いだら、茶葉がいっぺんに開いて、渋くて飲めたものではない。お茶をおいしく飲むコツは、お湯の温度にかかっている。
「二煎目から四煎目は85度から90度のお湯をいれて飲みます。中国茶は香りを楽しむものです。五煎目になると味や香りが出にくくなりますから、また100度のお湯を注ぐのです」・・・客は黙って聴いているが、少々飽きてきたようだ。あとは話題を変えることにしている。
三十数年前に台湾縦断の特急列車の乗ったことがある。車中で中国茶を振る舞って貰った。大きなガラス・コップの中に茶葉が沈んでいた。三分の一ぐらいあった記憶がある。香りが高く、日本茶とは違った趣があった。お煎茶用の小さな茶碗で飲むのは邪道なのかもしれない。
中国福建省の大紅袍は有名なので、来客に振る舞うにはよいかもしれないが、私は台湾の最高級茶・「梨山高山茶」の方が口に合う。標高2000メートル以上の高山で霧の立つところで育つ梨山高山茶は、金木犀を思わせる香りと穏やかな甘味がある。
お隣のお嬢さんにも大紅袍と梨山高山茶を飲み較べて貰った。
「恐る恐る”大紅袍”を頂いてみました。香り高く、味わい深く、いわゆる自分が思っているところの”お茶”という感覚で頂くものとは大分違う印象でした。きっと、自分では一生口にする事のないお茶を味わえて幸せでしたが、貧乏性のせいか、なんだか落ち着きませんでした(笑)」
学習院大学仏文科を出て、パリ外遊の経験もある才媛だから表現が豊かである。
「私は、”梨山”や”凍頂烏龍茶”のような緑茶?系が好きかな?また凍頂烏龍茶は花粉症にも良いそうなので、いつも安いものを探して飲んでいます。でも頂いた”梨山”があまりにもおいしかったので、もう元のお茶が飲めなくなりそうで不安です。(笑)」
これで私は納得した。日本人の口に合うのは梨山高山茶ではないか。大紅袍は、その名前で飲む最高茶といえそうだ。

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