3月31日、前原誠司が民主党代表を辞任を表明。辞任理由は「永田寿康を議員辞職させられなかったから」と説明した。これを受け、議員辞職を否定した永田もライブドア送金指示メール騒動の責任を取り、議員辞職した(その結果を受けて池田元久が繰り上げ当選となった)。これを受けて、懲罰動議審議が途中で打ち切りとなり、仲介者の証人喚問も中止となった。
民主党はこの騒動により支持率を低下させる結果となり、与党を追及するはずだった多数の問題を後回しせざるを得ない状況になってしまった。また前原辞任に伴い、同じく民主党の小沢一郎と菅直人が4月7日に党所属国会議員の投票を行い、小沢が菅を破り新代表として挙党態勢を固めた。
また、この一連の民主党の不手際に対し、自民党は「前原体制なら与し易いが、小沢、菅などに出てこられては今後困る」と事実上のレームダック状態であった前原体制に逃げ道を残していたと指摘された。この点からも、永田などは騒動の最中から最早政争の駒と化していたと言えよう。また、このような自民党の態度が、結果的には前原体制を終わらせる一因ともなった。
「堀江メール」の疑問点
メールの内容について
民主党が証拠のメールを開示したが、以下のような疑問点が指摘された。
重要な部分や隠す必要が無い部分が何故か塗りつぶされていた点。
『武部』と書いてあったとされる塗りつぶし部分が1文字分である。さらに、糾弾する相手の名前が塗りつぶされていること自体不可解。
堀江が利用していたEudora最新版とは違う形式のメール表示となっており、また堀江が送るメールの特徴とされる「メール本文の最後尾に表示される堀江のフッタ広告が無い」との点が指摘された。なお、一部のマスメディアからはヘッダ部分にEudoraのバージョンが印字されてないとの指摘があったが、メールの印刷結果は印刷する端末の環境設定に依存するものである為、真偽の判断材料とはなり得ない。
文中に「宮内の指示を仰いで」と、当時の取締役であった宮内亮治の名前が出ているが、堀江は宮内を「さん付け」で呼んでいた。
メールを送ったとされた堀江自身もこのメールを送っていないと東京地検の取り調べで述べた。 メールの履歴を調べていた東京地検特捜部もこのメールの存在を把握していないと述べた。
このメールを自民党平沢勝栄衆議院議員も永田と同時期に入手したことを明らかにし、このメールが複数出回っておりメールの信憑性が低いと述べた。
2月27日には送受信が同一のメールアドレスであることが発覚した。
2月28日にはライブドアの社内調査報告により、このメールを送った社員がいないことが確認された。
メール仲介者と永田議員及び、民主党議員の関係について
メール仲介者の西澤孝と永田議員は、もともとは知人ではなく、民主党内の議員又は、議員秘書の紹介により知り合いになったと永田議員自身が語っている。
この事より永田議員が堀江メールを信用したのは、西澤孝を単純に信用したのでなく、紹介を受けた議員と議員秘書の方を、信用していたから堀江メールも疑わなかったのではないか?永田議員ひとりの問題でなく、紹介した議員秘書ならび、民主党自体にも問題があったとの考えがメディアから生まれていった。
尚、その後、民主党から紹介した議員秘書及び議員の方の氏名は公開されずに終わった。
又、藤末議員はブログ内で、西澤氏と佐藤氏に合ったと明記しているが、紹介者の議員とその秘書の氏名は、民主党の方針により今は明かせないが、後日、民主党から発表があるとしていたが、発表はなかった。
この事により、メール仲介者が社長をしていた雑誌「document」よりインタビューを受けたとされる民主党議員の藤末健三以外の、馬渕澄夫、石関貴史、北神圭朗、松本大輔の4人の中の誰かの秘書ではとの憶測がネット上のマスメディア上で取り上げられたが、この雑誌社は直ぐに解散し事務所を畳んだ為、雑誌社の社員にインタビューしたマスメディアはなく、憶測のままで終わった。
類似事件
ちなみにこの問題と類似した問題として、当時の衆議院議員楢崎弥之助が1983年に衆議院予算委員会で喧伝した自衛隊クーデター計画問題がある。こちらは楢崎に情報提供した自称自衛官は自衛官ではなく、詐欺で当時全国に指名手配されていた人物だと判り、自衛隊クーデター計画自体が存在していないことが判明。
楢崎は国会を混乱させたとして新聞に謝罪広告を掲載し、議員辞職を余儀なくされる結果となった。ちなみに楢崎は堀江メール問題に対しては、民主党の対応に苦言を述べている。
その他
なお日本国憲法第51条において「国会議員が議院内で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」とされている。またその一方で国会法第119条、第120条において議院内での処分が規定されている。
ただし、永田は2006年2月17日テレビ朝日の昼のワイドショー『ワイド!スクランブル』などにおいて発言しており、院外の発言に関しては前述の条文は適用されない。
そのため、永田は院内での発言で除名を含めた懲罰対象になり、院外での同様の発言で名誉毀損として訴訟できる状況になっていた。>
1226 永田メール事件の詳報(2) 古沢襄
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