1244 ヒラリーは年明けとともに苦戦に陥る 宮崎正弘

▼米国大統領選挙の争点がイラクからはずれ、医療改革、保険に移行した
アメリカの大統領選挙報道は根本的に日本と違う。当然といえば当然だが、いまとなっては、イラク問題は最大の懸念ではあっても選挙の大きな焦点ではなくなった。
保険制度、とくに医療負担が大きいアメリカ人の不満が共和党へどう重くのしかかるか、という争点に移行している。ひょっとして「大統領選では、医療保険改革が勝敗を分ける争点になるかもしれない」(ビジネスウィーク、10月9日付け)。
 
現在、米国で医療保険未加入の選挙民は全体の15%。しかも無保険者は急増しており、およそ4700万人もいると推定されている。米国経済は低空飛行ながら成長を続けており、貧困状況は改善され、世帯の平均所得が増加しているにもかかわらずに、である。
「カイザー・ファミリー財団」の世論調査に寄れば「大統領候補に聞きたい政策は?」という問いに30%が「医療保険改革」を挙げた。「イラク問題」に次いで第2位という回答結果だったのだ。
ヒラリーにとって1992年のクリントン政権誕生のとき以来、医療保険問題に取り組んできた。しかし終局的な改革案は存在せず、国民的合意は成立していない。夫のクリントン大統領は当時、「日本のように医療制度、保険が完備された国が羨ましい」と発言した。
 
しかし93年から94年にかけて、大統領夫人という肩書きでヒラリーが医療保険制度の大改革に取り組んだが、結局、失敗に終わった。
「われわれはビル・クリントンを選んだが、夫人を選んだのではない」と囂々たる非難がヒラリーに集中し、「米国を社会主義のような医療制度に変えようというのか」とバッシングを浴びた。「ヒラリーの保険医療改革は破局だった」(前掲エコノミスト誌)。
だから予備選でマニフェストの発表をヒラリー陣営は意図的に最後に回し、ライバルの発表を待った。本命を自ら名乗るヒラリーが老獪な姿勢をとった理由は右の失敗経験からだ。
ヒラリーの医療保険制度改革案は全国民に保険加入を義務付ける内容。つまりこれは「改革」を潰す「抵抗勢力」=保険会社への真っ向からの挑戦なのである。
なぜならヒラリー案は、雇用保険にせよ、公務員保険にせよ、高齢者や身障者向けのメディケア方式の国営保険制度にせよ、全国民に加盟を義務付ける。保険料の支払いを支援するために税額控除制度を導入し、同時に既往症や健康上の諸問題を事由に保険会社から加入を断られることがないようにする内容だ。
ヒラリーは「94年の改革案は激しいロビー活動を繰り広げた保険会社や製薬会社に潰された。今度は迎え撃つ覚悟も能力もある」と強硬姿勢を見せている。
民主党候補討論会(米オンライン雑誌「スレート」、9月12日)でヒラリーは次のように言い放った。
「私は保険会社の影響力を大幅に制限するつもりだ。率直に言ってこれまで保険会社がやってきたビジネスとは米国の経済と医療制度に不利益をもたらした結果に終わっている」
ライバルのオバマ議員は医療保険問題でより詳細な政策プランを発表している。一方、共和党の候補者は医療保険改革に関しては慎重な姿勢である。共和党のルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長は選挙向けウェブサイトで医療制度問題について全く触れていない。猛追するフレッド・トンプソンも自らの立場をまだ明らかにしていない。
▼IT産業への梃子入れ、IT産業からの献金
もうひとつの目玉政策はハイテク産業への対策である。ヒラリー上院議員はIT産業のメッカ、サンタクララ(カリフォルニア州)でハイテク政策を明らかにした。マイクロソフト、ヒューレット・パッカード、インテル、グーグルなど錚々たる企業幹部を前にIT産業への取り組み強化の熱意を演説したのだ。
各候補がシリコンバレーで貴重な時間を費やすのは、この地域が選挙資金の大切な出所になっているからだ。
NYタイムズ紙によるとコンピューター業界が献金した金額は07年前半だけで220万ドル強。前回の2000年および04年の大統領選挙戦では同時期に120万ドルだった。
ヒラリーは政府研究開発予算の増額、優秀な外国人労働者の受け入れ拡大、ハードウエアやオンラインサービスの新市場創出を促す高速インターネットの普及、教育水準の向上などを政策的優先課題に掲げてシリコンバレー工作を展開している。
グーグルの広報担当アダム・コバセビッチ氏は、「次期大統領は絶対に“ハイテク大統領”であってもらいたい。イノベーションを起こすには何が必要かに理解があり、ハイテク経済の成長を持続させるための明確な考えを持った人物だ」と言う。
便乗してオバマ候補もブロードバンド(高速大容量)通信環境の普及によって都市の貧困層に就業機会を与えることができると主張している。
共和党ではマケイン候補がIT産業に意欲的で、米連邦通信委員会(FCC)の規制緩和を実現させ、インターネットサービス分野の競争を促進すると主張している。
▼移民法論議も次の焦点となりうる
ヒラリー候補のハイテク政策の中軸には連邦政府による研究開発投資の支援にある。代替エネルギー基金の創設、国防総省やエネルギー省、NSFの研究開発予算の増額はもちろんだが、政府系研究機関は予算の8%をリスクの高い先端研究に振り向けるべきだと主張している。
共和党のトップを走るジュリアーニ陣営は、「(政府は)インターネットに不必要に課税したり、規制を強めたりしないよう努めるべきだ」という声明を出して応戦。政府の介入はもっぱら、消費者と企業をハッカーやネット犯罪者から守る目的に限られるべきとの主張だ。
オバマ候補はインターネットの中立性を支持し、インターネット時代における“言論の機会均等”を守ることだと位置づけている。
また移民法も高い争点だが、紙幅が尽きた。
マケイン候補(共和党)はブッシュ大統領が提案する移民法改正案の強力な支持者だった。改正案には不法移民に市民権への道を開く案や国境警備を強化する措置なども盛り込まれていたからだ。
移民法改正は、要するにヒスパニックとアジア系移民の得票狙いである。かくて選挙資金と集票をねらった虚々実々の駆け引きが繰り広げられている。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)

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