十月三十一日の杜父魚ブログで「三木武吉と神楽坂・松ヶ枝」を書いた。十一月二日の福田・小沢党首会談の二日前。参院選で自民党が敗北し、衆参ねじれ国会に直面した自民党内では大連立構想が論議されていた。だが表面的には大連立の動きは出ていない。
水面下でそれを模索する動きがあったのが分かったのは党首会談の後のことである。「三木武吉と神楽坂・松ヶ枝」を書いたのは、「1955年の吉田自由党と鳩山民主党の保守合同を調べたら・・・」という政界筋の助言があったからである。
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保守合同の裏話は岸元首相から聞かされていたが、三木武吉の存在なしには実現が難しかったろう。また三木と不仲であった大野伴睦の賛成なしには実現していない。この年の四月十三日に行われた三木・大野会談こそが、保守合同の大きなきっかけとなった。
俗に三木武吉が保守合同の仕掛け人というが、事はそれほど単純なものではない。また一般的には岸・三木・石井・大野四者会談で保守合同が動き出したとされているが、ここまで至る過程の方が重要である。
その過程で岸は一時、保守合同を投げ出そうとした時期すらある。肝心の民主党内で改進党系の松村謙三らが保守二党論を唱えて、岸幹事長に猛反撃を加えたからである。鳩山首相は涙ながらに内閣総辞職を口走った一幕もあった。
三木・大野提携がなかったら、保守合同が実現してもかなり先のことではなかったか。この事情に精通しているのは、大野派担当の政治記者だった渡辺恒雄読売新聞グループ会長である。大連立構想の仕掛け人といわれているが、誰よりも政党の連立・合同劇の難しさを熟知している。
一人の仕掛け人だけでは事は動かない。「中川昭一君と21世紀を語る会」で渡辺氏は「昔、中川一郎氏の親分だった大野伴睦と三木武吉という大政治家が話し合い、このままでは日本は社会主義政権に乗っ取られる。保守合同しないといけないと一晩で話を決めた」と三木・大野会談を振り返っていた。
「そういうことを二人の党首がやってくれることを私は期待していた」と福田・小沢党首会談をかつての三木・大野会談になぞらえて語っている。
この大連立劇には、もう一人の仕掛け人がいる。「(裏話を)私がいま全部をばらして書いたら、大変な迷惑を受ける人がいるので、次の展開のために邪魔になる」と言い切った。”次の展開”とは大連立を諦めていないということである。
渡辺氏がいう”大変な迷惑を受ける人”は、小沢氏とも親しく、福田首相にも影響力を行使できる大物政治家であろう。しかもこの大物政治家も大連立を諦めていない。次の総選挙を睨んで水面下で福田首相と小沢氏に働きかけを続けている。大連立劇の第二幕はいずれ開くであろう。
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