わが家は愛犬バロンの指揮によって一日が始まる。朝、五時になると決まってバロンは目を覚まして、低いうなり声をあげて「起きろ!起きろ」と催促する。目はとっくに覚めているのだが、この時期になると外は真っ暗、温もりがある寝床から出る気がしないから、知らないふりをして背中を向けている。
どうして判でついた様に五時なのだろうか?”犬時計”があるのかもしれない。いくらうなり声で起こしても、人間どもは起きないので頭にくるのか、やおらジャンプよろしくベッドの上に飛び乗ってくる。犬が”馬乗り”になって、人を起こすなんて駄洒落にもならないが、激しく責め立てられると、寝てはおれない。
こうして、わが家の一日が始まる。夏は五時が四時に繰り上がっていた。それが冬になると、きっかり五時なのだから、これも不思議。だいたい犬は成犬になると、一日中寝ていると本には書いているのだが、バロンには当てはまらない。
寝室の隣が書斎になっているので、ストーブをつけて人間様の朝の勉強時間が始まる。それを見届けると私の足元で寝息を立てている。人を起こしておいて、いい気なものだと思うが、完全に寝ているわけではない。時々、ギョロリと目を見開いて、私の行動を監視している。
それが七時になると、またうなり声を発する。今度は「起きろ!起きろ」の低いうなり声をとは違う。かなり、せっかちなうなり声。それを無視していると「ワン!ワン」とカン高い声で催促してくる。散歩の時間だといっている。
近所の迷惑になるから、バロンを抱いて階下に下りて、散歩の支度をせねばならない。夏だと早朝の散歩は快いのだが、昨今の七時はまだ寒い。防寒の支度をして家を出なければならない。殿様犬は早く支度をしろと無言で圧力をかけてくる。
私は高血圧症だから八時過ぎに散歩をしたいのだが、泣く子とバロン様には勝てない。最近は野球帽をかぶって、フードで耳を覆う。もちろん厚手の手袋も必要である。足は長靴。完全装備の冬国の自衛隊さんのようないで立ちとなる。
このいで立ちで十五年間、愛犬の散歩に付き合ってきた。初代のチロ、二代目のバロン、そして三代目のバロン。いずれも足が短いコーギー犬だが、十五年前にはコーギー犬はまだ珍しい犬種だったが、今では2000戸のわが街にも十頭はいる。
コーギーは英国で育った牧羊犬で質実剛健、走る速さは羊を追っただけにスピード感がある。自分のテリトリーを守る本能があるから、自分より大きい犬にも負けていない。コーギーという名称は、ケルト語で犬、ウエールズ語で小さな犬の意味だという。
ウエールズにはコーギーにまつわる伝説があるそうだ。その昔、コーギーは妖精を背に乗せて野山を駆けめぐったという。やがて英王室の愛玩犬になった。十二世紀にヘンリー二世が飼ったが、今ではエリザベス女王の愛犬という方が有名になっている。諸説があって1933年にヨーク公(後のジョージ六世)が、宮廷の犬舎で飼育した説もある。
王室犬の子孫のわりにはバロンは畑道で蛇をみつけると猛然と追いかける。野鳩追いも得意技。王室を勘当になった乱暴犬の末裔なのかな?トラックが来ると吠えながら追いかけるので油断ができない。
朝、夕に二回の散歩も結構、大変である。そのお陰で私にとっては、いい運動になっている。感心するのは、どんなに腹を空かせていても、散歩が終わるまでエサを食べない。律儀な性格の犬。
チロは巨峰のブドウが好物であった。種を巧みに避けて何粒でも食べた。バロンは梨と林檎が好物。甘いものも好物でシュークリームには目がない。そのせいか少し太り気味。
日中はほとんど寝ていない。夕食が終わって七時半を過ぎると階段に足をかけて、二階をみながら低い声で「そろそろ寝る時間だ」と催促してくる。仕方がないので二階に連れていくと寝室の私のベッドの脇でゴロリと横になり、いつの間にかお腹を丸出しにして、足をおっぴろげ、眠りだす。
ひと眠りすると書斎にやってきて、私の足元で寝ている。それを見ていると、人間様も眠りを催してくる。バロンのサイクルに合わせて、私の一日も終わる。いつまで、こんな平和な日々が続くのであろうか。
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1292 愛犬のサイクルで一日 古沢襄

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