1701 「ねじれ国会」状態を脱した台湾 泉幸男

台湾の総統選挙で与党・民進党が負けたのは、先のオーストラリアの選挙でハワード首相が退陣するハメになったのに似ている。
「与党も野党も公約に大した差はないが、とにかく いまの政権には厭きた」という気分が浮動票を左右した。
国民党が立法院・行政院の両方を制しても、蒋介石時代のような言論抑圧の日々が戻ってくることはありえないという安心感もある。
なにしろ台湾の自由なメディアは辛辣さ十分で元気がいいのだ。(報道の正確さには、まま 疑問符がつくにせよ。)
民進党系の『自由時報』紙でコラムニストの曹長青(そう・ちょうせい)氏が、さばさばと書いている。
≪西側の成熟した民主国家を比べ合わせれば、与党敗北は想定外ではなく当たり前の現象だ。2期8年もやれば、その実績がどうあれ、負けておかしくない。責任与党というのは、野党に突っ込まれるものだ。≫
■「ねじれ国会」で停滞した8年間 ■
米国の新聞論説を読んでいると、保守系の『ウォールストリート・ジャーナル』紙でさえ陳水扁(ちん・すいへん)総統には冷淡で、「台湾第一主義の identity politics は いい加減に止めたほうがいい」と、中国共産党の代言人のようなことを言う。
立法院がつねに国民党に牛耳られてきたから、民進党政府の提出する改革法案が次々と否決され、政治が停滞した8年間だったことは否めない。
コラム子も商社マンとして台湾を本格的に担当しだしたとき、まず市中銀行の多さに驚いた。
日本では市中銀行は国際競争に向けて統合が進み、片手で数えられる状態だが、台湾で大型の融資組成をしようとしたら「最終的には、台湾地場の市中銀行が 40行(こう)くらい参加します」と言われて、椅子からずり落ちそうになった。
実際、台湾のビジネス街を歩くと、次から次へと異なる銀行の看板がある。昭和の日本、いや大正時代の日本かもしれない。
じつは与党・民進党も、銀行統合をすすめて台湾金融界の国際競争力を高めたいと考えはしたのだが、関連法案を立法院に提出するたび多数派の国民党に否決され、経済改革が進まなかった。
■ 国民党の初仕事は防衛力強化だろう ■
中国の脅威に対抗する防衛力整備が十分に進まなかったのも、国民党の「何でも反対」路線があったからだ。
台湾といえば、米国にとってのいちばんの関心事は、まず武器輸出である。
行政院を民進党が握り立法院を国民党が占める「ねじれ」状態では、米国製の武器がなかなか台湾へ売れねぇじゃねぇか。
だから5月に馬英九(ま・えいきゅう)氏が台湾の総統に就任したあと、まず何が起こるかといえば、
コラム子の予想は、立法院が、これまで頑強に拒んできた米国製武器輸入の大型パッケージをあっさり賛成多数で承認し、対潜哨戒機P3Cや、ディーゼル潜水艦、新型の対空迎撃ミサイルなどの導入が進み始める…ことではないかと思う。
これで台湾国民は安心する。米国政府は満足する。
馬英九総統になってしばらくは、これまで民進党政権がやりたくてもやれなかった改革がとんとん拍子に進み、「台湾の政治は国民党政権になって随分と活性化した」といった論評を享受するかもしれない。
行政府と立法府の「ねじれ」状態が解消されただけなのだが。
■「自己確立」の政治 ■
陳水扁総統の8年間は日本の政治にたとえて言えば、参議院で民主党が多数を占めて「何でも反対」路線で居座るなか、しぶとく「日本らしさ」を追求しつづける安倍晋三政権といった趣きだった。
じっさいの安倍晋三首相は、首相就任前からひそかに懸念されてはいた持病が噴火して余りに早く退陣なさったのが惜しまれるが、陳水扁総統は感心するほどタフだった。
改革政策が軒並み国民党の立法院に否決されるなか、陳水扁総統として行える施策は、立法院の同意がなくてもやれる identity politics に限られた。
「中国」「中華」「中正(= 蒋介石の本名である蒋中正を指す)」の名がつく施設や国営企業を次々と改名させて台湾色を鮮明にした。
北京語と並んで台湾語(=福建方言)や客家(はっか)語の併用を政策的に支援し、先住民文化保護にも力を入れるなどして、台湾人意識を急速に高めた。
経済改革が進まず、 台湾国内の基盤整備が はかどらなかったのは事実だが、その罪をひとり陳水扁総統に押し付けるのは酷だろう。
むしろその治世は、台湾が「独立国家の気概」をごく自然な日常の風にした8年間として、台湾史のなかに記されてゆくはずだ。
■ ひるがえって日本ですが…… ■
さて、さしずめ小沢一郎氏などは、馬英九当選者のひそみにならい、衆院選に勝って民主党の首相を成立させ、「ねじれ国会」解消でとんとん拍子の田中角栄式政治を…………と夢見ているかもしれない。
国民党の立法院がこの8年間、陳水扁総統の足を引っ張りつづけたように、民主党の参議院も自民党政権の足を引っ張りつづける。
きっと国民は「ねじれ解消」を何よりも切望して、衆院選でも自民党を負けさせるだろう……というわけにはいくまい。
それなりの新鮮感を武器に闘った台湾の馬英九陣営と異なり、日本の民主党執行部はあまりに古顔揃いだ。
参院選のときに、日本の一部をおおった漠然とした期待感は、「何でも反対」戦術を見せつけられて、萎えきった。
■ 停滞脱却を求める心に訴える新鮮感とは ■
新鮮感を体現した馬英九候補と異なり、ひたすら旧態依然を象徴する民主党指導部の古顔が、停滞脱却を求める日本の選挙民を引き付けられるだろうか。
自民党は麻生太郎氏が新鮮感を保持しているが、民主党はどうか。
やはり、前原誠司さんであり、野田佳彦さんだろう。民主党の古狸どもは、期待の星たちをいつまで謹慎させておくつもりか。
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