面白いもので勢いよく拳を振り上げると、それを下ろすタイミングを失う。自社対決時代に、その風景をよく目にした。たとえば、社会党の要求を自民党が飲んだとする。そこでちょっと欲をかいて、一応は蹴飛ばしてみる。
自民党の方は蹴飛ばされたうえに、さらに妥協すると、際限なく要求がエスカレートされると疑心暗鬼におちいる。双方ともに妥協の頃合いだと考えているのに、そのタイミングを失って全面対決になってしまう。せっかく要求の六、七割方取っていた社会党は、全面対決ですべてを失ってしまう。
労使交渉でもよくある風景である。使用者側の言うことが100%通る筈がない。同様に労働側の要求が100%通るわけがない。双方が折り合うのはフィフテイ・フィフテイ、つまりは50%と50%なのだが、そうは計算通りにはいかない。労使の力関係で折り合いをつけることになる。
こんな労使交渉を八年間もやったのだが、お手本になったのは国会での自社交渉であった。社会党に山本幸一さんという国会対策のベテランがいた。自社馴れ合い政治の手練れのように評されたが、付き合いが深まると、なかなかの読み手であった。
交渉ごとが始まる前に”落としどころ”は、どこか真剣に考えていた。それが、いつも社会党が55%、自民党が45%という設計を立てる。親しくなると「取れると思うか」と聞かれた。
「無理だろう」と言わざるを得ない。そうするとニヤリと笑って「強い方が譲って、弱い方が取る」のが、交渉ごとを纏める極意だという。そして交渉にのぞむ代議士会で激烈なアジ演説。そんなに突っ張って大丈夫か、と思うほどであった。
「交渉ごとで一番難しいのは着陸時なんだよ」と言った。要求の50%以上を取った時が正念場だと幾度か教えられた。ベテランの山幸(ヤマコウ)さんには、あと頑張っても取れるのは僅かという見極めがつくが、燃え上がった代議士会は「イケイケ、ドンドン」。
「断固として要求を貫く!」と言って自社国対委員長会談に出かけるのだが、なかなか帰ってこない。深夜になって待ちうける代議士会の面々には居眠りする者もでてくる。三時間も交渉して「相手の壁は厚いが、一歩でも二歩でも前進させる」と小休止したことを報告。
疲れているのは代議士会の面々で、小柄のヤマコウさんは闘志満々。それも、その筈で三時間の大部分は世間話だったというから疲れる筈がない。よくいう”ガス抜き”。
私が労務担当になった時の餞(はなむけ)の言葉は「労使交渉の極意は、労務担当が半分だけ組合の方に足をかけて、少しだけ譲る度量を持つことだ」であった。会社を背負った気分で100%社側の主張を組合に飲ませようとすれば、半年ももたないよ、と忠告された。今の混迷する国会をみながら、ヤマコウさんの言葉を思いだしている。
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1703 交渉ごとの極意 古沢襄

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