台湾総統選挙で、国民党の馬英九氏が勝利した。根っからの親中派と見られてきたにもかかわらず、総人口2,300万の85%が本省人(台湾人)の台湾で、外省人(戦後中国大陸から台湾に渡った中国人)の馬氏が大勝したのはなぜか。
最大の要因は、氏が台湾人意識を積極的に取り入れたことだろう。かつて、台湾の大学生たちは、自らを中国人と見なした。いまや自分は中国人だと答える学生は7%以下に減った。それだけ深まった台湾人意識に、馬氏は巧みに働きかけたのだ。選挙戦終盤、氏の発言は、かつてなく、台湾人意識を反映させ、表現も強くなった。
3月18日、中国の温家宝首相が「台湾もチベットもどちらも(中国の)統一、主権と領土保全にかかわる問題だ」と発言すると、馬氏は「きわめて尊大で、横暴で、失礼だ」と激しく反論し、「台湾の将来は台湾の2,300万人が決める」と述べた。かつて「台湾の将来は(台湾の)両岸の華人が話し合って決める」と語ったのとは対照的だ。中国の介入を許さないと宣言し、台湾自決主義に立脚したのである。
さらに馬氏は、チベットの僧侶らのデモを中国が武力で弾圧したことに関して、「北京五輪のボイコットもありうる」と語った。中国政府が最も神経質になっている問題に「ボイコット」という究極の抗議を突きつけたのだ。馬氏の対中強硬姿勢は台湾の人びとを安心させた。「総統になったからといって、すぐに台湾が中国に統一されるわけではないかもしれない」と。
平たくいえば、馬氏は対立政党の民進党の価値観を採り入れたのだ。それが大勝の要因だった。今回の選挙結果は、「外省人の勝利」「本省人の敗北」と表現されるが、実態は台湾人意識と台湾自決主義の勝利だったのだ。
そこで問うべきは、台湾は自決主義をどこまで貫けるか、それは台湾を台湾人の国として存続させる力になりうるかという点だ。答えは、米中両国の動きのなかにある。馬氏の勝利の背景に米中の合意があったはずだ。両国は揃って民進党の陳水扁政権を忌み嫌った。独立志向を強める陳総統にライス米国務長官は反対を表明し、中国は陳総統憎しで政治対話の道も閉ざしてきた。現状維持を望む米国と、ほんのわずかの独立への動きも封じ込めたい中国の思いはぴったり一致し、両国は氏を、それぞれのかたちで支援した。
こうして誕生した馬政権について、李登輝元総統は、米国と馬氏の関係は非常に深く、中国はいずれ馬氏を問題視するときがくると指摘した。馬氏は決して単純な親中派ではなく、むしろ米国流の価値観に基づいて、台湾人意識と台湾自決主義を守っていくと示唆しているわけだ。
百戦錬磨の大政治家、李氏の指摘は奥が深い。だが、馬氏がどのような国家運営をするかを判断するには、まだ早過ぎる。確かなことは、米中両国を軸にしたアジア情勢が気になるかたちで動き続けていることだ。
3月12日、米海軍のキーティング太平洋司令官が、中国軍幹部から太平洋の分割支配を提案されたと、米国上院軍事委員会で証言した。同軍幹部は、ハワイ以東を米国が、以西を中国が支配しようと真顔で提言したという。
中国が描くのは、米ソが二分して支配したかつての世界秩序のかたちだ。そして、中国は旧ソ連邦的な対米敵対姿勢を採らない。米国はそのぶん中国に誘引されやすい。米中が手を打てば、台湾は即中国にのみ込まれ、馬政権が台湾自決主義を尊重しても無意味になる。また日本は深刻な孤立に直面する。
こうした事態には自力で立ち向かうしかなく、日本はまさに今、最悪の事態を念頭において覚悟を固めなければならないのだが、福田康夫・小沢一郎両氏にはそんな考えは露とも浮かばないのであろう。まさに政治の貧困で日本は力を落としていくのである。(週刊ダイヤモンド)
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