4月5日の関西テレビの番組「ぶったま」をユーチューブで見た。独立総合研究所所長の青山繁晴氏が司会した同番組に、天台宗別格本山書写山圓教寺の執事長、大樹玄承氏が出演し、チベット問題について発言した。
別格本山は本山に準ずる格式の高い寺という意味で、書写山は山号、圓教寺が寺号である。緊張した面持ちで大樹氏は仏教者として語った。
「チベットで抗議行動が発生したあと、中国政府が選んだ少数の(外国メディア)記者がチベット入りしました。彼らが訪ねたお寺は、通常なら線香の煙でモヤモヤしているのですが、境内の空気は澄んでいました。
そして記者たちの所にチベットの僧侶たちが駆け寄り、泣きながら訴えました。『境内にいる人たちは参拝者ではありません。中国の監視員です。どうか、彼らの言うことを信じないでください』と」
境内の空気が澄んでいたのは、線香を焚いてお参りするという宗教的行為がまったく行なわれていないからだ。
「チベット僧の訴えは、文字どおり命懸けでした。それを聞いて、日本の僧としてなにもしなくてよいのかと自問しました。チベット仏教が滅びなんとする今こそ、仏教者として発言しなければならないと考えました」
こう述べた大樹氏は声明を読み上げ、五輪で訪中する仏教者や檀家、信徒に考えてほしいと次のように訴えた。
「今、中国政府に対して毅然として発言できなければ、仏教に帰依する者として、いったい、日本で何が言えるのか。今が最後のチャンスです」
氏は、日本人が言うべきこと、行なうべきことを具体的に述べたわけではないが、その心情は、登山家の野口健氏の月刊誌「Voice」五月号での提言と重なるのではないか。
たびたびチベットを訪れて、日常的に中国人がチベット人を「木の棒でひっぱたく光景をよく見かけた」野口氏は、「いちばん避けるべきは、無責任にオリンピックに参加すること」だと断言する。ただし、「単純にボイコットせよ、ということではなくて、ボイコットはしない。代わりに調査団を設置させよ、ダライ・ラマとも直接対話会を行なえ」と言うべきだと主張する。
氏の父上は雅昭氏、外交官で京都文教大学教授だった。父上は「戦後教育が日本の心を壊していくのを目の当たりにした」と語ったそうだ。「中国もチベットに対して同じことをやろうとしている」と野口氏は指摘する。
チベット出身のペマ・ギャルポ氏は、かつて存在した四4,500の寺院も、15万人の僧も大幅に減らされたという。
「しかも残った寺院は信仰の場ではなく、観光のためにあるのです。寺では、中国礼賛の共産主義愛国教育が行なわれています。ダライ・ラマ法王一四世がおっしゃるチベット文明の虐殺が行なわれているのです」と訴える。
さて、大樹氏の問題提起を天台宗はじめ日本の仏教界はどう受け止めたか。
「悲しいことに反応はありません。だんまりを決め込んでいます」と氏。
日本での聖火リレー開始前に「平和への祈り」を捧げるという声もあるそうだが、はたしてそれで十分か。
「天台宗は、日中国交正常化後、日本の天台宗発祥の地として浙江省天台県の天台山国清寺の復興に尽力しました。すべてのやりとりは中国政府を経由するため、北京五輪を批判して、国清寺との関係が切れることを恐れている可能性もあります。しかし、長年積み重ねてきた友好関係が、関係者が言うべきことを言ったという理由でつぶれるとしたら、日中の友好自体にいったいいかほどの価値があるのでしょうか」
仏教界も、現在に至るまで物言わぬ福田康夫首相も、チベット弾圧を続ける中国での五輪開催を、留保もせずに支援するつもりか。だとしたら、それはチベット仏教とチベット人を滅ぼすことに手を貸すことになると、はたして自覚しているだろうか。(『週刊ダイヤモンド』2008年4月19日号)
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1791 中国のチベット弾圧 桜井よし子

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