1816 脂汗を流す中国首脳部 加瀬英明

2001年7月に台北で日台の会議が行われた時に、日本側の基調講演を依頼された。
私は「今日はまず、よいニュースをお知らせしたいと思います」と前置きして、「先週、国際オリンピック委員会が2008年の夏期オリンピック大会を北京で開催することに決定しました」といった。
台湾側出席者がこの愚か者め、という表情を浮べた。
私は「これで全体主義国がオリンピックを主催するのが、3回目になります。第1回はヒトラーのナチス・ドイツが1936年にベルリン大会を行いました。その9年後に、ナチス・ドイツは崩壊しました。
2回目はブレジネフ書記長のソ連が、1980年にモスクワ大会を催しました。その9年後に「ベルリンの壁」が倒壊して、ソ連が解体しました。私の説が正しければ、中華人民共和国は2017年までに崩壊します」というと、全員が立ち上がって喝采した。
8月に、北京大会が開幕する。私にとって四年ごとに巡ってくるオリンピックは、オリンピックが発祥した遠い昔の古代ギリシア時代に、自転車や、柔道や、野球や、銃や、テレビ、携帯電話がなかったことを思い出す機会となってきた。
しかし、今年の北京大会は見物(みもの)が増えた。
本来、オリンピックは政治にかかわってはならないはずだが、北京大会は壮大な政治ドラマとなりつつある。
開会式で行進する選手の中にチベットの小旗を振ったり、観覧席の外国人の中にダライ・ラマ14世の肖像がプリントされたTシャツを着た者がいたら、どうするのだろうか。
中国は2008年のオリンピック大会を、興隆しつつある「中華帝国」を全世界に誇示し、中国を称えるために誘致したのだった。
聖火リレーは行くところで、中国に対する抗議の嵐をひき起こしている。聖火はチベットや、新疆ウィグル自治区も通ることになっている。
聖火が北京に到着するまで、胡錦濤主席をはじめとする中国の最高幹部たちは、脂汗を流さねばなるまい。本番の大会と同じほど、手に汗を握るスリルがあるというものだ。
それに、中国国民のなかにも独裁政権に対して、観光施設や、ビル、工場用地のために先祖伝来の土地を奪われた農民や、すさまじい環境破壊のために住む土地を追われた住民など、数億人もの不満を昂じさせている人々がいる。
中国の発表によれば、2006年に全国で6万件以上の暴動が発生した。日本であったら、5千件も暴動が起きた勘定になる。
聖火リレーから大会まで、テレビによって中継されることになる。それでも、テレビでは見えないものがある。世界新聞協会は日本新聞協会も加盟しているが、全世界の新聞に「今回のオリンピック大会では、見ることができないことがあります」という見出しのもとに、1ページ意見広告を載せるように要請している。
この広告は中国で体制を批判した30人以上のジャーナリストが、不当に投獄されていることに、抗議しようとするものだ。新聞記者だけではなく、おびただしい数にのぼる人々が政権の機嫌を損ねた罪によって、牢獄につながれている。
中国の指導部は8月8日の開会式が近づくにつれて、焦燥感を昴めてゆくこととなろう。
中国は人類の歴史で、最後の植民地帝国である。
20世紀は植民地帝国が解体した世紀だった。第1次大戦によって、連合国に対して敗れたカイゼル皇帝のドイツ帝国――アフリカからアジアまで領土を持っていた――と、ドイツと同盟して敗れたトルコ帝国が解体した。それまでトルコ帝国はアフリカ北部からペルシア湾岸まで支配していたのに、広大な領地を失った。
第2次大戦は大日本帝国、イギリス、フランス、オランダ、イタリア、ベルギー、スペイン、ポルトガルをはじめとする植民地帝国を解体した。冷戦が終わると1991年に、ソ連という大帝国が崩壊してしまった。
今日、地上に残っている最後の帝国が、中国だ。満族の国である満州、モンゴル族の内蒙古、新疆、チベットをはじめとする地域は、中国の固有の領土ではなかった。
これから、中国はどうなることだろうか?
中国の経済発展には、目を見張らせられる。世界人口の5分の1にしか当たらないのに、急速な経済発展のために、中国は今日、世界のセメント生産の半分、鉄鋼生産の3分の1、アルミ生産の4分の1を呑み込んでいる。この10年間だけで、石油と大豆の輸入をとると金額にして23倍も増えている。
それでも、中国がはたして経済「発展」をしているのかというと、疑問がある。発展は向上を意味している。
中国の「経済発展」はすさまじい大気汚染と、水質、土壌汚染をひき起こしている。中国は全世界から、石油、鉄鉱石、銅をはじめとする資源を貪欲に買い漁って、輸入している。
そのかたわらで、地下水を汲みすぎたために、湖水や川が枯渇するようになって、全国の砂漠化が進んでいる。ところが、きれいな空気と水は輸入することができない。
今日の中国は中華人民共和国と呼ばれるが、1949年に建国されてから、60年にわたって1度も自由な選挙を行ったことがない。中国共産党が力づくで支配してきた国である。
いつまで、このような支配が続くことになるのだろうか? 
先輩のソ連は1922年に生まれたが、69年後に消滅した。中国は先輩のソ連よりも、長く保(も)つものだろうか?
歴史を振り返ってみると、フランス革命も、ソ連を生んだロシア革命も、経済が停滞していた社会が経済成長を始めたことによって、社会が流動化し、それまでの箍(たが)が緩んだために、ひき起された。中国の開放経済が、それに当たることになるのだろうか。
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