1869 「従軍記者」事始(9) 平井修一

明治37(1904)年3月5日、政府は「外国通信員諸君ニ告グ」という告知を発表した。漢字・カタカナまじりは苦手なので平仮名にして紹介する。
<今回、外国通信員諸君が海外万里を遠しとせず我陸軍に従軍し、以て其の戦況を本国に通信するの労を採られんとするは、我帝国軍隊の名誉とする所なり。此名誉ある外国通信員諸君の従軍に関し、充分なる便宜を与へ且(かつ)陣中に於ける労を慰むるに足るべき方法を講ぜんとするは、帝国陸軍の最も努むる所なりと雖(いえども)、奈何(いかん)せん諸君の既に承知せらるるが如く、今回戦地となるべき地方は、其の交通機関殆ど皆無にして其の物資も亦甚だ欠乏し、軍需諸品は総て之を本邦に仰ぎ、且つ之を其の険悪なる交通路上に運搬せざるを得ず。
為に兵站業務の如きも頗(すこぶ)る困難にして、其の実況は不日諸君が実地踏査の上之を一見せらるるに至らば、蓋(けだ)し思い半に過ぎん。故に諸君を歓待せんとする我誠意は、遺憾ながら実際其の幾分を遂行し得るに過ぎず。諸君幸に諒せられよ。
茲(ここ)に諸君の準備の為め、左に二、三の注意事項を列記し、以て参考に資せんとす>
として次の6点を挙げている。
1)輸送能力がないので指定する戦地の港までは自力で来ること。
2)金銭の保管はできない。野戦郵便局では預け入れはできても引き出しはできない。金銭は自分で所持、管理すること。
3)軍の常食は提供できるが、それ以外の食糧は自分で賄うこと。食糧輸送の便は提供する。
4)通訳・従僕にも常食は提供する。
5)必要な医療サービスを提供する。
6)戦地での荷物運送はひとり八貫(32kg)まで扱う。
そしてこう結んでいる。
<終りに臨み、我帝国陸軍は、此名誉ある諸君が従軍中常に健康を保全し充分に視察を遂げられ、而も正確に且公平に通信し、以て諸君の任務を果されんことを切望す>
「日露戦争と外国新聞従軍記者」というレポートがある(外務省調査月報 2004/No.2)。松村正義氏によるもので、氏は外務省、帝京大学教授、日露戦争研究会会長を経て法学博士の任にある。以下は松村博士の報告である(概要)。
<日露戦争で、日本の陸海軍当局が、従軍を希望した諸外国の新聞記者に対しその規定の原型ともなった「外国通信員諸君ニ告グ」を制定・実施し、世界の軍隊に先駆けていたことを知っていてよいであろう。
20世紀に入ってまもなく起きた日露戦争は、日本にとって自衛のためとはいえ、当時のまだ脆弱な国力からみて一見なお無謀とも見えたほどに、アジアの一新興小国がヨーロッパの一大強国に対して敢えて戦いを挑んだ、当時としてはいやが上にも国際的な関心の高まりを呼ばずにおかなかった大事件であった。
さればこそ、明治37(1904)年の春もまだ浅い2月6日に日露両国間の国交断絶が伝えられ、翌々8日から9日にかけて旅順港や仁川港のロシア艦隊に対する日本海軍の奇襲攻撃が行われた後、10日には日露両国相互間に宣戦布告が発せられるや、当時の世界の主要な新聞・雑誌・通信社からは、それらと時期を前後してそれぞれの現地派遣を希望する記者らの日本軍従軍許可申請が、世界各地の日本の在外公館を通じ、あるいは直接に日本政府当局へ矢継ぎ早に齎(もたら)されたのである。
日本軍当局では、手回しよく、宣戦布告後まだ一ヶ月も経たない3月5日に「外国通信員諸君ニ告グ」と題した外国新聞記者のための従軍注意事項を、従軍を許可された外国新聞記者らに英文で配布した。
開戦後まもない短期間に外国新聞従軍記者の取扱規定を比較的に手際よく制定したまではよかった。しかしながら、今度はその後に、程なく従軍許可証を手に入れて勇躍はるばる海外諸国から東京へ乗り込んできた彼ら外国新聞従軍記者に対して、数ヶ月経ってもなお日本軍当局から朝鮮半島や満州の戦場へ取材に出向いてよいとの許可が出ず、ついに彼ら外国新聞従軍記者や彼らの海外本社から、日本政府へ激しい不満が投げつけられるという事態へ発展してしまう。
事実、日本の参謀本部では、東京にやってきた外国人の新聞記者たちが戦場へ行くことを容易に許可しなかった。何しろ、日本の軍部の考え方からすれば、目下の日本は浮くか沈むかの戦争の真っ最中にあって、ましてや外国の新聞記者に見せるために戦争をしているわけでなく、軍の動きや作戦の機密を守るためには、彼ら外国新聞記者を内地に滞留させておくのも当然であるというのが、その主張の論拠であった。
従軍記者を遠い日本へ派遣した各外国新聞の本社にとっては、出る費用ばかりがかさんで肝心の原稿が来ないということになり、不満がつのっていった>
島津家の家庭教師、エセル・ハワードもこの問題に触れていたが、戦場視察ツアーを実施するなどで慰撫したものの悩ましい問題であった。(つづく)
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