1891 チベット人の魂が天をも動かし 桜井よし子

5月12日午後2時28分、中国四川省で起きた大地震の犠牲のなんとすさまじいことか。1995年の阪神淡路大震災の現場で見た悲劇が鮮明によみがえる。中国の犠牲者に、心から同情し、一刻も早く救援の手が届くよう祈るものだ。
発生から2日、人類がこれまでに体験した地震のなかでも、最大規模の四川大地震は、現時点で予想を許さない壊滅的な被害を生み出しつつある。今、最も重要なのは、食料、飲料水、医薬品などの物資を届け、中国人民解放軍を中心にしながらも、災害救助隊や災害救助犬などの国際社会の援助隊を現地に送り込むことだ。
阪神淡路大震災のとき、時の首相、村山富市氏は二日間、地震対策に乗り出すことなく、東京での日程をこなした。発生当日には財界人との会食にも臨んだ。財界人がさすがに苦り切って声を上げた。「総理、こんな所で私どもと食事をしていてよいのですか」。
呆けたような村山氏は、対策の遅れを指摘され、こうも語った。「なにしろ初めての体験じゃから」。
日本での初動の遅れは、村山氏の能力の絶対的な欠如ゆえだった。中国の場合は、共産党政権の生き残りをすべてに優先するがゆえではないか。四川大地震発生直後に、日本政府は救助を申し入れた。医療隊、救援隊とヘリコプタ、救援物資などの準備も整えた。米国、EU、他の多くの国々も同様だ。しかし、中国政府はそれらをことごとく断った。丸一日が過ぎた13日にようやく、資金と物資は受け取ると表明した。救援隊や医療隊などの“人間”は要らないという。
温家宝首相はいち早く現地入りし、中国中央テレビは24時間、地震関連ニュースを報じ、温首相の“活躍”を大々的に報じ続ける。そして幾万人もの消息がつかめていない被災地にラジオ放送が流れ、被災者らにこう呼びかける。「災難は決していいことではないが、ここが『中華民族の力』の見せどころなのです…」(「産経新聞」野口東秀記者、5月14日付)。
チベット問題、ウイグル問題、五輪聖火リレーへの抗議。世界が明確に認識し始めた過酷な異民族支配と人権弾圧。中国の威信の低下と共産党政権の求心力の低下を、大地震を利用して一気に挽回しようとの意図が見える。
だが、中国共産党の目論見どおりには事は進まない。13日夜のCNNは、視察先の瓦礫の山での首相の姿を伝えていた。被災者に囲まれた首相に幼な児を抱えた母親が訴えた。「この子に食べ物を恵んでやってください」。首相は随行員に命じた。「この子に食べ物を持ってきてやりなさい」。しかし、与える食べ物はないようだ。首相は幼な児の頭を撫でて言った。「もうすぐ食べ物も到着するから待っていなさい」。
明らかに救援物資も救援隊も、米国や日本、欧州諸国が危機に際して備えている全天候型の救援用ヘリコプタなどの装備も不足しているのだ。台湾や日本を攻撃できる核ミサイルを1,000基以上配備してはいても、中国は地震時などに人間を助ける近代的装備は欠いているのである。
そんな批判はこの際、どの国も口にはしない。被災者を思い、無償で提供したいだけだ。それを断るのは究極の人命軽視だ。四川省の震源地がもともとチベット人の故国であり、弾圧の実情を外国人に知られたくないためでもあろう。
北京五輪で世界に力を誇ろうとする中国共産党政権に、チベット人はこれまで命懸けで抵抗してきた。今、人類史で最大規模の地震がかつてのチベット人の国で起きた。多くのチベット人も犠牲になっている。
「チベット人の魂が、天をも動かし、命を懸けて中国の弾圧を白日の下に晒そうとしていると思えてなりません」
中国の“少数民族”の一人が涙を浮かべながら語った。その言葉が心に深く響くのである。(『週刊ダイヤモンド』)
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