1910 気絶したカワセミ 古沢襄

「あっ」と長女が思わず声をあげた。岩手県・玉泉寺の座敷で文学町長の名が高い高橋繁さんの文学講話が終わって20人ばかりの人たちがお茶を飲んでいた時のことである。鳥が飛んできて座敷のガラス戸に衝突して庭に落ちたという。
皆が集まってガラス越しにみたら五色の派手な色彩の小鳥が庭に転がっている。「死んでしまったのかな」といったら「いや、衝突のショックで気絶しただけですよ」と旧沢内村の村会議長だった為田直助氏が言った。川のある農村地帯ではよくある風景だという。
それでも気になったので小半時たって覗いてみたら起きあがって首をクルクル回している。気がついたのだが、まだ飛ぶことができないでいた。放っておけば飛んでいくと言われた。
小鳥はカワセミだった。宝石のヒスイはこの色に由来して名付けられた。漢字の「翡翠」は、カワセミ、ヒスイどちらにも読める。
紀宮清子内親王(現・黒田清子)が山階鳥類研究所で研究を担当しているのは「カワセミ」である。清子さんのカワセミに対する思い入れが強く、宮内庁職員文化祭に「川瀬美子」(かわせ・みこ)の名前で手芸作品を出品したことがある。
ギリシア神話には、一国の国王でもあった夫ケーユクスを海難事故で失った女性アルキュオネーが、死んだ夫と共に姿をカワセミへと変え、2羽でつがいを組んでその後も仲良く暮らし続けたという話が存在する。(ウイキペデイアより)
東北は一年のうちで今が一番良い新緑の季節である。温泉の本場にきたので、朝晩の二回は温泉に入る。沸かし湯ではなくて65度の源泉から引っ張ってくる湯だから熱い。清水から引いた水をうめるようになっているが、水をうめると温泉の効能まで薄まる気がしてしまう。我慢して湯につかると胸まで赤くなる。
朝五時というと宿の泊まり客も寝ている。最後の日は西和賀の湯川温泉郷にある「末広」旅館に泊まった。高橋町長と和尚さんも付き合って泊まってくれたので、夜は監視役の長女の目を盗んで四合ばかり酒を過ごしたが、朝風呂でアルコール気がすっかり抜けた。気がつくと下の河原あたりから「カジカ蛙」の大合唱が聞こえてくる。
酒ばかり飲んだわけではない。北上市からわざわざ山羊の乳を搾って持ってきてくれた人がいた。戦時中、信州に疎開した時に農家からドンブリに温めた山羊の乳を振る舞って貰った。だが牛乳と違う乳の匂いに閉口して飲み干すのに苦労した記憶がある。
私が健康を損ねていることを知って朝乳を搾って持ってきてくれた気持ちが有り難い。コップに入れて飲んだら少しも匂わない。コッテリとした甘味があって、翌朝も山羊の乳を飲んだ。山羊の乳の匂いを消すには冷蔵庫で冷やすのだという。母は牛乳を飲むと下痢をした。山羊の乳は冷えたものを飲んでも下痢をしない。
東北の人情に娘と二人でどっぷりつかって帰ってきたら秋葉原でとんでもない事件が起こっていた。七人の命が何の前ぶれもなく失われた。家族たちの気持ちは察してあまりある。東北の旅との落差に考え込んでしまう。どこか世の中がおかしくなっている。
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