1924 四川災害復興で増える手抜き工事 泉幸男

四川省大地震で、鉄筋ぬきの手抜き建築の悲劇が世界中に知れ渡り、数多くの家族を涙の河に突き落としたからには、今後はこれを教訓に手抜き工事の取り締まりが強化されて、次なる災害に備えることだろう……と、日本人なら考えるのだが、それが通用しない異文明の地こそ中国であることを、ある新聞記事が改めて思い知らせてくれたので、ご紹介したい。
■ もういちど大地震が起きるまで ■
いわく、被災地復興で手抜き工事は激増するだろう。今回手抜き工事が明らかになっても、誰も罰せられていないから。
大地震がいちど起きれば、そのあと相当の期間は同じ大地震は起きまいと、業者は達観している。
手抜き工事は、もういちど大地震が起きない限り発覚しないのだから、被災地復興は手抜きをしても大丈夫。
復興建設こそ、質より量が優先されてしまうのだ ――
そんな、驚きのインタビュー記事を、中国・広東省の『珠江晩報』紙が5月26日に配信していた。
長い記事ではないので、全文を訳してご紹介する。(中見出しはコラム子がつけた。原文にはありません。)記者名は「潘多拉(はん・たらつ)」とある。おそらくペンネームだ。
すすむ災害復興  工務店社長が警告
地震救済作業が急がれるなか、復興建設も計画実施の段階となった。わたしの知り合いの工務店社長もおかげで仕事にありついている。
さっそく質問してみた。
「今回の地震で倒壊した建物の多くは学校で、たくさんの生徒たちが悔しい思いを残して死んでいった。
あれはやはり、世に言われる <豆腐渣工程(おから工事 =手抜き工事)> だったのでしょうか」
■「正直、無理だね」■
工務店の社長の答えはあっさりしたものだった。
「倒壊した建物のプレハブ建材には鉄筋が1本も入ってなかったろう。訊くまでもないことだろうよ。べつに工務店のおやじでなきゃ分からぬものでもあるまい。バカでも一目見りゃすぐ分かることさ」
そこでわたしは言葉を継いだ。
「それなら今後の復興建設では、業者さんたちはこれを教訓にして <おから工事> の根絶に努力することでしょうね」
工務店社長は苦々しそうな笑いをうかべた。「正直、無理だね」
わたしは仰天した。
「よりによって災害復興というのに、また <おから工事> をやるだなんて!報いが怖くないんですか?」
■ 賄賂の連鎖でうまれた「裏ルール」■
「報いだって? 地震そのものだろ、報いって。地震以外に、何の報いがあるってんだよ」
工務店社長いわく、耐震基準を下回る工事をするのが土建業界の「裏ルール」になっているという。
建設業者、デベロッパー、オーナー会社から、計画・開発・入札・建設・監督に何らかのかたちで関わる人たちまで、
それぞれ気がついては いても あえて口には出さず、それぞれの段階で賄賂を貰い受けさえすれば、誰も追及などしない。
工務店社長が心配しているのは、災害復興にあたって手抜き工事がさらに増えるだろうということ。
広い面積にわたり大規模の工事を、限られた時間内に集中して仕上げなければならない。
計画・入札・管理監督のそれぞれの局面が繁忙化し、仕事量もふえて、いきおい管理監督も行き届かなくなる。
そうなれば、建設業者・デベロッパーが手抜き工事をしても見つかるリスクは低い。
■ 建設業者の確率論 ■
そして、建設業者・デベロッパーからすると、そもそも或る場所で大地震が起こる確率というのは低いのだから、
ましてや同じ場所で短期間の間に再び大地震が起きる可能性はもっと低い。
そう判断して 一部の建設業者・デベロッパーは なにはばかることなく安心しきって「手抜き」のやりたい放題なのだ。
工務店社長の分析は、たしかに論理が一貫していて、まさに建設業界の実情を反映したものだった。
そらおそろしいばかりだ。わたしは絶望の思いでたずねた。「もう、どうしようもないのでしょうか」
■ 目の前にある手抜き工事の厳正処罰が先だ ■
工務店社長は表情をやや和らげて言った。
「なんとかならんわけでもない。取り締まりが本気で行われるかどうかだな」
工務店社長いわく、1998年の洪水のとき、江西省の九江で長江(揚子江)の堤防が決壊し、朱鎔基総理が激怒して堤防工事の「手抜き」ぶりを非難したことがあった。
ところがそのときも、誰かが責任を追及されたなどという話は聞こえて来なかった。
今年はじめの中国南部の雪害でも、電線関連の「手抜き」が見つかったが、責任追及の話は聞こえてこない。
過去の失敗に懲りないかぎり、それを教訓にして慎重になるわけもない。
もし今回の復興工事でさらに手抜きを増やしたくなければ、先ず初めに地震によってさらけ出された手抜き工事の数々を厳正に処罰するしかないな。
それ以外に方法はないな……。
■ 目覚めよ! ■
復興工事で手抜きがさらに増えるだろう、とは!これは、良心がまだ残っている工務店社長の警告だ。
施策策定部門・管理監督部門の官僚・事務官諸氏には、この声が聞こえているか? 目が覚めてくれたろうか?≫
以上が『珠江晩報』紙の記事である。地方レベルの目をおおうべきモラルの低さを、高い理想を掲げて取り締まってくれる存在としての都の皇帝。
これが、中国の代々の王朝の存立を支えた中国人民の幻想だった。
だから、地方役人の悪辣に苦しむ民が、皇帝に訴え出るために上京するという伝統は、中国で脈々として今日まで受け継がれている。
今日の北京の中央政府は、苦しみの日常からの突破口を求める地方の人民から救い主に見立てられ、幻想を抱いてもらうことで成り立っているところがある。
■ 幻想が崩れるとき ■
しかし悲しいことに共産党の北京政府もまた、賄賂の連鎖にからめとられ、地方の隅々にまで張り巡らされた親分・子分関係の頂点に位置しているに過ぎない。
毒入り餃子の件にせよ、数多くの手抜き工事にせよ、処罰らしい処罰が一向に行われない。
それは、数え切れないほどの人々が賄賂に絡めとられているからだし、犯人らが親分のまた親分のまた親分の共産党幹部の庇護をしっかり受けているからだ。
子分を救ってやるのが親分の甲斐性(かいしょう)。
子分をいかに救ってやれるかということもまた、中国では権力闘争の一形式なのである。(そしてたまに捨て石になる子分もいる。)
親分・子分関係の頂点、賄賂の連鎖の頂点に中国共産党の中央組織が君臨していることが人民の目に明らかになったとき、中華人民共和国を支える幻想ががらがらと音をたてて崩れる。(それがこわいから中国ではメディアへの規制が激しい。)
崩れるのは、学校の建物だけではないのだ。『珠江晩報』の潘多拉(はん・たらつ)さんの声を聞け。工務店のおやじの声を聞け。
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