■5.加害者の損害賠償はわずか10%■
現代日本における刑事裁判とは、法を犯した加害者の「更正」のために刑期を課すという「教育刑」の思想[c]に立っているので、そこに被害者の救済という発想はない。
だから被害者が加害者に賠償を求めようとすると、自ら別の民事裁判を起こすしかなかった。そのための証拠は自分で集めなければならず、また刑事裁判での公判記録を使うためには、裁判所に申請して、自分でコピーしなければならない。
さらに、裁判所に提出する訴状の作成や、裁判での相手方への尋問などは、弁護士に依頼せざるをえないので、多額の費用がかかってしまう。
加害者の中には、刑事裁判の法廷では「被害者には大変申し訳ないことをしました。深く反省しております。必ず賠償いたします」などと言いながら、その後の民事裁判では、責任を否定して損害賠償を拒否する人間も少なくない。
この費用と手間に、民事裁判を諦めて、泣き寝入りする被害者がほとんどである。平成11年犯罪白書によれば、殺人、傷害致死等で生命を奪われた被害者の遺族が、加害者から損害賠償を受けた割合はわずか10%に過ぎない。
■6.「損害賠償命令制度」■
平成18(2006)年に成立した「損害賠償命令制度」は、この点の改善を狙ったものだ。これは被害者が申し立てを行えば、刑事裁判の有罪判決言い渡し後、同じ裁判官が引き続き、刑事裁判での証拠を利用して損害賠償の審理を行い、賠償額を決定する。
しかし、裁判所はあくまで「賠償命令」を出すだけで、取り立てまではやってくれない。人を殺傷するような加害者が賠償命令に素直に従わないケースは少なくないだろうし、そんな恐ろしい加害者に対して、取り立てに立ち向かえる勇気ある被害者がどれだけいるだろう。
振り込め詐欺などでは、犯人の収益を国が没収、追徴し、被害者に支給する「被害回復給付金制度」が創設されたが、一般犯罪についても同様に「賠償命令」を国が実行して取り立ててくれる制度が必要だろう。
こうした制度が成立すれば、冒頭に紹介した息子を亡くした母親も、弁護士Aから相応の賠償を受け取ることができる。それが社会正義というものではないか。
■7.法廷で黙って聞いているしかない被害者■
犯罪被害者の人権が無視されていた、もう一つの重大な点は裁判で被害者は自ら意見を言えないことだ。
加害者は国民の税金で弁護士がつき、黙秘権もあれば、被害者に責任を追わせるような発言もできるが、被害者やその遺族は傍聴席で黙って聞いているか、「証人」として聞かれたことだけに答えるしかない。
平成9(1997)年10月、山一証券を恐喝して有罪判決を受けた男が、山一証券の代理人だった岡村勲弁護士を逆恨みして、殺害しようと自宅を訪れ、応対に出た夫人をサバイバルナイフで殺害する事件が起きた。
この加害者は、法廷で「(殺された)夫人が突然、飛び掛かってきた。1メートルくらい吹っ飛ばされた。それでとっさに刺してしまった」「殺さなければこっちがやられると思った」などと発言した。傍聴席でこんな発言を黙って聞いていなければならない被害者遺族の思いは察するに余りある。
平成12(2000)年10月、横浜市で女性が元同級生に殺害された事件では、被告人が法廷で遺族に向かって「お前ら(家族)が娘(被害者)を迎えに行かなかったから娘は殺されたんだよ」と言い放ち、被害者の母親が自殺するという事件も起きている。
■8.被害者の裁判参加■
平成19(2007)年6月に成立し、本年12月までに施行されることになっている「被害者参加制度」で、この点は大きく改善されるだろう。被害者は裁判長の許可を得た上で「被害者参加人」として、検察官に並んで座り、被告人に質問したり、最終意見陳述ができるようになった。
これによって被害者遺族が加害者に「なぜ自分の妻を殺したのか」などと質問することができる。また自分たち遺族が事件をどのようなつらい思いで受け止めたのか、語ることによって、加害者に自分の犯した罪の重さを実感させることができる。加害者の真の更正のためにも、これは効果的だろう。
ただ充分な法律知識のない被害者が法廷に参加したとしても、有効な質問や陳述ができるとは限らない。そこで被害者の代理人として弁護士が隣に座って、被害者に代わって質問したりすることができる。
しかし弁護士を雇う経済的余裕のない被告人も多いので、公費で国選弁護士をつけられるよう改正案が出されている。加害者側に国選弁護士をつけている以上、被害者側にも同様の措置をすることが公正だろう。
■9.加害者天国を守ろうとする抵抗勢力■
賠償命令制度や被害者参加制度は、従来の加害者天国の有り様を改善する一歩であるが、これらは「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の活動によって実現したものである。
同会の岡村勲代表(前述の夫人を殺害された弁護士)が、平成15年7月に小泉首相に面会し、犯罪被害者の置かれている悲惨な現状を説明したところ、小泉首相は「そんなにひどいのか。すぐ政府と党で検討する」と約束し、議員立法のうえ、安倍首相のリーダーシップで成立した。
この法案には、共産党と社民党が反対し、日本弁護士連合会が積極的な法案阻止のロビー活動を行った。反対理由として「法廷が復讐の場になる」とか「被告人が萎縮する」「被告人の防衛の負担が増える」などが挙げられている。
被告人が裁判長の許可を得て、質問や発言をすることが「復讐」になるとは、「被告人をいかに守るか」という視点でしか考えていないからではないか。「萎縮する」「防衛の負担が増える」も同様である。
こうした反対について、[1]の著者・後藤啓二氏は次のように述べている。
刑事司法に携わる弁護士や刑法・刑訴法学者の多く、あるいは裁判官の一部は、刑事司法を国家権力と加害者の対峙と捉え、不当な国家権力の行使から加害者を守ることを超えて、加害者の権利擁護のみを声高に叫び、ただひたすらに加害者の責任や刑を軽くするのが任務であるとでも考えているとしか思えないような行動をとり、被害者をないがしろにしてきました。・・・イデオロギー的な偏りによるものか、恐るべき知的怠慢によるものか、どちらかでしょう。[1,p5]
このような一部専門家の「イデオロギー的な偏り」や「恐るべき知的怠慢」を国民の健全な常識を持って、糺していくことが、公正で安全な国家を実現していくために必要である。(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(334) オウム裁判と床屋の怒り
「人権派」の新聞や弁護士によって、国民の人権は危機にさらされている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog334.html
b. JOG(420) 裁判官がおかしい
反省もしない殺人犯たちに同情し、被害者遺族を無視するおかしな裁判官たち。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog420.html
c. JOG(512) 「教育刑」という空想
占領下に押しつけられた「教育刑」思想は、 すでにアメリカでも完全に否定されている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog512.html
杜父魚ブログの全記事・索引リスト(6月12日現在1932本)
1934 加害者天国、被害者地獄(下) 伊勢雅臣

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