1967 巨象と針ネズミ 古沢襄

アメリカという巨象が北朝鮮という針ネズミに二度にわたって、してやられたという風刺漫画が描けそうである。1994年、民主党クリントン大統領と金日成国家主席(同年7月死去)の時代にロバート・ガルーチと姜錫柱の米朝高官協議は、北朝鮮に軽水炉を提供する妥協を餌にして北朝鮮の核開発に歯止めをかけた筈であった。それが何の役にも立たなかったと米議会で共和党から攻撃される結果となった。
同じ轍を共和党ブッシュ大統領が踏むことになった。極めて不完全な北朝鮮の核計画申告に飛びついて、テロ支援国家の指定解除を米議会に大統領は通告した。議会で多数を占める民主党議員には反対論が少ないことから45日後には1988年以来実施してきたテロ指定が解除される。
ブッシュ大統領は拉致問題を「決して忘れない」と述べたが、最大のカードであるテロ指定の解除カードを切ってしまったのだから、拉致の被害者家族が懸念する様に大きく後退するのは避けられそうもない。リップサービスで終わる公算がある。
北朝鮮の核、ミサイルなどは日本が最大の脅威を感じている。アメリカ本土に届くテポドン・ミサイルが完成されていないとみられるからアメリカにとって直接の脅威とはならない。少なくとも日本ほどの切迫した脅威感はない。
むしろアメリカが懸念しているのは北朝鮮の核技術、ミサイル技術が中東のシリアやイランに輸出されることであろう。そうなればイスラエルが座視する筈がない。先制攻撃をかけるのは目にみえている。それが第三次世界大戦の引き金になる危険性がある。
アメリカ社会ではユダヤ・エリートが圧倒的に強い発言力を持っている。
日本からみればアメリカは北朝鮮に対して二度にわたって拙劣な妥協外交をしたとしか見えないが、北朝鮮の核技術、ミサイル技術の拡散に歯止めをかける点に絞ってみれば、まずまずの外交成果なのかもしれない。拉致問題が眼中にないことは言うまでもない。
ヒル国務次官補の交渉と平行してライス国務長官は何度もイスラエルを訪問して協議を重ねている。北朝鮮問題はアメリカにとっては「イコール中東問題」なのだ。
北朝鮮問題に取り組む日本とアメリカのスタンスが違う以上、日本は独自で北朝鮮政策を立てねばなるまい。アメリカのテロ指定が解除されても、日朝間では拉致問題の重要性は変わらない。
たしかに日米が一致して経済制裁を続ければ北朝鮮が音をあげるという北風政策の一端が崩れた。しかし北風政策が効果を奏したかというと必ずしもそうとは言い切れない。
だがこれからの北朝鮮の経済再建を考えると、大規模な経済援助をできる国は日本しかない。巨象のアメリカはこれ以上北朝鮮にかかわりを持つのは躊躇するであろう。中国は自国の経済で手一杯。
北朝鮮にとって日本しか頼む相手がいないことになる。今度ばかりは北朝鮮も針ネズミ作戦とはいかない。拉致問題の扉を開くことによって日朝交渉が進展することになる。
<【北京、ワシントン26日共同=渡辺陽介、川北省吾】北朝鮮は二十六日、六カ国協議合意に基づく核計画申告書を議長国の中国に提出した。ブッシュ米大統領は同日、見返り措置として、北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除を決定、「四十五日後」に解除するための議会通告手続きに着手した。長く対立してきた米朝は関係正常化に向けて大きく前進する転機を迎えた。
協議筋によると、核申告でプルトニウム生産量は三十八キロとされた。六カ国協議の首席代表会合が来週にも北京で開かれる見通しで申告内容の検証と非核化プロセスの第三段階となる核施設廃棄、解体などを議論する。
テロ指定解除に慎重な対応を求めてきた日本は、交渉のてこを失い、拉致問題解決に向け米国との協調体制立て直しを迫られる。ブッシュ大統領は二十六日の記者会見で拉致問題を「決して忘れない」と述べ、日本への配慮をにじませた。
米国は一九八七年の大韓航空機爆破事件を受けて、八八年一月二十日に北朝鮮をテロ支援国家に指定。約二十年六カ月ぶりの指定解除となる。大統領は対敵国通商法の北朝鮮への適用除外も行った。
韓国政府によると申告書は(1)核施設の目録(2)プルトニウムの生産・抽出量と使用先(3)核燃料棒の原料となるウランの在庫量―など主に三項目で約六十ページ。核兵器は含まれていない。米政府高官によると、北朝鮮が否定する高濃縮ウランによる核開発とシリアの核開発協力については二ページの「秘密覚書」と呼ばれる別文書で、同問題を「認識」し解決に向け努力すると表明した。北朝鮮はこの「秘密覚書」は四月に米国に提出している。
核施設無能力化は最終段階で、非核化プロセス第二段階は申告でほぼ完了。北朝鮮はプロセスの進展を印象づけるため、二十七日に寧辺の核施設の冷却塔を爆破する。
米国はテロ指定解除の発効までに申告内容を検証。検証への北朝鮮の協力が不十分と判断すれば撤回もあり得るとの構えも見せている。中国の武大偉ぶ・だいい外務次官は二十六日の議長声明で、協議参加国が申告について検証を見守ることで合意、検証体制確立のための原則で一致したと指摘した。
指定解除でも、核実験などを理由にした広範囲の米制裁や、国連安全保障理事会決議に基づく制裁が、一部を除き残る。米朝の経済関係が劇的に進展する可能性は低い。(共同)>
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