洞爺湖サミットが終わった。懸念されたテロもなく各国首脳はにこやかに手を振って日本を離れた。沖縄サミットと同じように主催国としてはまずまずの出来だったといってよい。だが洞爺湖サミットを成功させて低迷する福田内閣の支持率をあげ、さらに内閣改造によって政権を浮揚させようという首相周辺の思惑は外れた。
共同通信社はサミット後の全国世論調査を実施したが、福田内閣の支持率は26・8%(6月は25・0%)でサミット効果がなかったに等しい。不支持は53・5%、国民の半数以上が支持せず、僅かに四分の一強の支持に支えられている”変則内閣”といってもよい。
政権の一部からは北朝鮮に抑留されている新たな六人の帰国というサプライズも囁かられている。噂だけはだいぶ以前からあるのだが具体性に乏しい。内閣改造を含めてあれやこれやをやってみても、支持率はあがらないのではないか。
<サミット効果なし?内閣支持率26・8%
共同通信社が主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)閉幕を受け11、12両日に実施した全国電話世論調査で、福田内閣の支持率は26・8%と、前回6月調査の25・0%にほぼ並ぶ横ばいとなった。不支持率は6・7ポイント減の53・5%。福田康夫首相のサミット議長としての指導力を「評価しない」が51・4%で「評価する」の30・3%を大きく上回った。
首相サイドが狙ったサミットによる政権浮揚効果は表れていない。不支持率も依然50%台と高い水準で、内閣改造の判断を含めて引き続き厳しい政権運営を迫られる。
内閣を支持する理由は「ほかに適当な人がいない」の53・9%がトップ。不支持の理由は「経済政策に期待が持てない」が29・3%と最も高く、物価上昇や景気減速に対する国民の厳しい見方を反映している。「内閣改造するべきだ」は42・1%、「必要ない」は41・6%できっ抗していた。(共同)>
桜井よし子さんは、これまでも福田首相に辛口の批判を加えてきた。おおむね成功といわれた洞爺湖サミットについて、「日本の地位沈めた言動」と厳しい。
<主要国首脳会議は社交の場ではない。華やかさと友情の演出のなかで、「お友達のいやがること」も問題提起して、国益を懸けて闘う場である。福田康夫首相は、洞爺湖サミットを、国際社会での地位低下が著しい日本国の威信回復の場ととらえ、大いに奮闘しなければならなかった。だが、首相の言動は日本の地位をさらに沈下させたにすぎない。
それにしても、今回の福田外交は一体、何なのか。北方四島の所属する北海道を初めてロシア大統領が訪れたのだ。G8の首脳が一堂に会する全体会議で、なぜ、現在も続くロシアによる領土の不法占拠を議題にしないのか。
日露2国間の約1時間の協議で、首相はメドベージェフ大統領を“ドミトリー”とファーストネームで呼んだそうだ。その“ドミトリー”と“ヤスオ”の合意は、領土交渉を加速する「決意」だった。
決意したからには、「法律家のメドベージェフ氏は真剣に取り組むはずだ」と、外務省幹部が「手放しに評価」したそうだ。そうした助言に福田首相は納得しているのであろう。だが、同大統領に領土問題について国際法に基づいたまともな判断を期待するのは、まともな政治家のすることだろうか。
メドベージェフ大統領は、武闘派のプーチン首相と異なって、比較的リベラルだと伝えられてきた。法の支配を尊び、汚職対策の強化などでロシアを法治国家に変身させると、氏は唱えてきた。だが氏の行動は、言葉とは裏腹だ。ガス独占企業、ガスプロムの会長として、大統領府長官として、あるいは第一副首相として、氏はロシアが犯してきた多くの信じ難い、自由や民主主義や法治国家への重大な挑戦を黙認してきた。
日本との関連でいえば、三井物産、三菱商事が9000億円を投資し、ロイヤル・ダッチ・シェルとともに、ロシア政府の許認可を得て開発に乗り出した大規模石油・天然ガス開発事業、「サハリン2」がある。同案件は今年の完成に向けて75%超の工事が完成済みだった。それが一昨年秋、突然、事業化の承認を取り消され、経営権をガスプロムに奪われた。
法学修士のメドベージェフ氏が、このむちゃくちゃな措置に、一言でも異議を唱えたとは、私は寡聞にして知らない。
同大統領がプーチン首相の強い影響下にあるのは周知の事実だ。同大統領がつき従うプーチン首相は、昨年のハイリゲンダム・サミットを前に、北方領土についてこう語った。
「(北方領土のロシアへの帰属は)第二次世界大戦の結果として生じ、国際法および国際文書によって確定されている」
当時、ラブロフ外相も、サミットを前に北方領土を視察する強硬姿勢をみせた。
つまり、プーチン体制の下では、日本に領土を返す気などないのである。今回、ロシア側が解決に向けて交渉する決意を強調したというが、その言葉は、北朝鮮が日本を含む国際社会から援助を引き出すために、拉致再調査を約したのと同じようなもので、信用できないのである。
ロシア側の不誠実は、プーチン政権の言動をたどることで明白になる。だからこそ、福田首相は2国間協議にとどまらず、全体会議で60年以上も続いている北方領土の不法占拠問題を提起すべきだった。当時、ソ連が行った日本と日本人への蛮行を、日露関係を深く理解するための必須の知的背景として、想い出させる工夫こそ、すべきだった。
1945年8月9日の日ソ中立条約の一方的破棄と参戦、北方領土の不法占拠は、彼らの蛮行の序幕にすぎなかった。周知のように、彼らは70万人とも80万人ともいわれる日本軍兵士をシベリアに連行し、強制抑留し、多数を死に追いやった。彼らはまた、日本軍の“戦争犯罪”を裁き、幾多の戦犯を仕立て上げ、処刑した。事実無根の罪を自白させるために拷問が行われた。
この点について1951年、吉田茂首相兼外相は「容疑者は脅迫、絶食、殴打、睡眠妨害、その他の拷問によって供述を強要される」と、国連総会議長に文書で訴えた。
吉田外相の訴えはさらに続く。「拳銃で威嚇されつつ、木銃で数十回も殴打された。気絶すると、水をかけられ、蘇生(そせい)すると再び拷問を受けた」「裸体にされたうえ、電線で束ねた鞭(むち)で殴打された」「陰部を蹴(け)られ、頭をコンクリート壁にうちつけられて失神させられること数度に及んだ」(『戦後強制抑留史』第五巻)。
時の外相の書簡の描写の生々しさは、日本国と日本人の怒りを反映するものだ。だが、これさえも、実際の拷問の凄(すさ)まじさを十分に表現しているとはいえない。
また日本人を戦犯と決めつけようにも罪名も国際法もなく、彼らはソ連国内法の「資本主義援助」という滑稽(こっけい)な罪名を持ち出して処刑した。スターリン時代のこの破綻(はたん)した一方的論理の極致こそ、昨年のプーチン発言の基盤なのだ。
こうして無残に奪われた北方領土と幾万兵士の命に、首相は、今回、一体どれほどの想いをはせたのか。
ソ連との関係において、どれほどの人々が、どれほどの不条理な死と苦難に遭遇したか。そのことを心に刻むこともなく、ロシア大統領をドミトリーと呼び、上辺だけの親密さを装った福田氏に、私は烈(はげ)しく憤るものだ。(産経ニュース 桜井よし子)>
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2038 思惑外れた政権浮揚策 古沢襄
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