2204 劣勢だった共和党に勝機 宮崎正弘

共和党の異端児マケイン候補が大胆に選んだ副大統領チケットは保守本流の美女だった。イラク泥沼化で予備選に浮上し、ロシアのグルジア侵攻に助けられてオバマをリードへ。
意表を突く候補者をマケイン陣営は選ぶだろうと考えられていた。
基本的にマケインは“負け犬”(ベトナム戦争で捕虜となった)、共和党内でも保守本流から見れば異端児(マベリック)、本来ならビジネス界やウォール街が、もっともいやな候補者と認識している。
なぜか。自民党で憲法改正、靖国参拝を信条としてつねに訴える政治家が、なんとなく疎んぜられるようなものである。
マケインは、共和党のなかですら泡沫候補だった。
一年前、米国の政治状況はと言えば、ヒラリー・クリントン上院議員で大勢は決まったような環境だった。状況が激変したのはイラク戦線で米軍の死傷者が激減し、マケインが徹頭徹尾、ブッシュを支援したため、その強硬姿勢が買われた。
本命視されたミット・ロムニー(前マサチューセッツ州知事)らが共和党の予備選レースで敗退し、隙をねらっていたブルームバーグ(NY市長)も、第三候補として彼を推薦する声の少なさに、静かに撤退した。
他方、民主党のほうはヒラリーがあまりにリベラルであり、フェミニズムに走りすぎ、党内の穏健派が不満を鳴らしていた。
アル・ゴア(前副大統領)は前回の敗北が響いており、民主党内のコンセンサスを得られない。理由は「クリントンの付録」という他律的なイメージがつきまとうからだ。
だから「チェンジ」だけを言うオバマを、「ヒラリー以外なら誰でも」という空気のなかで浮上してきた。
▲アラスカ州知事は小型機で密かに会場へ入った
8月29日、コロラド州における民主党大会で、指名演説にたったオバマは40分にわたる長くて冗漫な指名受諾演説をしていた。新鮮味はほとんど感じられず党大会は盛り上がりを欠いた。
ヒラリーは党の団結を訴えたが、彼女の支持層の4分の3が「オバマじゃ駄目、マケインに入れる」と公言していた。
 
直後、アラスカからマケインが密かに手配した小型機が共和党集会の開かれているオハイオ州ディトンに着いた。マスコミに気づかれない裡に、サラ・ペイリン(アラスカ州知事)が会場に入った。
会場のアービンナッター・センターには共和党支持者一万五千人があつまって、副大統領候補の発表を固唾をのんで待ちかまえていた。
マケイン上院議員は突如、副大統領候補にサラ・ペイリン・アラスカ州知事を指名する旨を発表した。
登場に際してペイリン知事は、4月に生まれたばかりの次男を含む4人の子を一緒に登壇させた。五人の母親で働く女性という新鮮なイメージの演出だった。
ペイリン知事は「最善を尽くす」と強調し、「これまで政治家として、汚職と厳しく戦ってきた」と市会議員、市長、アラスカ知事としての実績を訴えた。
ブッシュ大統領は「興奮するような選択だ。彼女が真の改革者であることは過去の実績からも証明済みだ」と語った。
ペイリン女史は、2006年にアラスカ州知事選に当選。つまり知事としての経験は二年に満たない。
ただしオバマ上院議員(47)より3歳若い。地元の美人コンテストで優勝したこともあるが、政治力は未知数であり「外交経験はゼロ」(民主党スポークスマン)。
しかしマケイン陣営としては、劣勢を一挙に挽回するためには老齢イメージを打ち消し、共和党の選挙マシンを活性化させるための打算が大きい。
第一にペイリン知事は敬虔なキリスト教徒、
第二に人工妊娠中絶と同性婚に強く反対しており、
第三に全米ライフル協会の熱心な会員でもある。
第四にレーガン保守革命以来の小さな政府の実践者としてアラスカ州に緊縮財政を敷く一方で環境保護左翼らが推進した石油資源開発規制に反対してきた。
この来歴は共和党保守本流を安心されるに十分であり、さらには民主党ヒラリー支持者の票を大量に獲得できる要素がある。
資本主義市場経済の輝ける闘士という側面が、いまのマケイン陣営にとっては、共和党の団結のために一番大事だからである。
▲「資本主義、市場経済の実践者」の顔、外交経験ゼロの顔
「驚くべき選択」だとヘラルド・トリビューンが書いた(29日付け早版)「女性票獲得の切り札であろうが」。
またワシントンポストは「人口わずか九千のワシラ市長としては有名かもしれないが、全米では無名」と皮肉った。ワシラ市はアンカレッジ郊外の衛星都市。
英紙フィナンシャルタイムズはシニカルに論評した。
「未経験の保守派に乾坤一擲の賭にでたマケインは大胆だが間抜けであり、オバマの未経験を批判したはずが未経験の女性を選んだ」(ギデオン・ラッチマン「フィナンシャルタイムズ」外交コラムニスト)。
NYタイムズは「女性票を根こそぎねらう作戦は明らかにヒラリー敗退のタイミングを計ったものだが、ワイルドな選択だ」と書いた。
この場合WILDをどう訳すべきか?「野蛮な」「野性的な」「未開の」「熱狂的な」「荒っぽい」「見当違い」。おそらくどれもが事態を表しているのだろう。
ともかく劣勢だった共和党に勝機が生まれた。
       
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