2243 「福田退陣」を分析する 花岡信昭

福田首相の突然の退陣表明は確かに「ビッグ・サプライズ」ではあった。メディアの多くは安倍前首相に続いての「政権放り出し」と非難している。福田首相を批判するのはたやすいが、その決断の背後にある政治力学を見据えたい。
当コラムでは、麻生太郎・自民党幹事長への事実上の「禅譲」シナリオが年内に展開されるのではないかと予測してきたが、これが、想定されていた時期よりも2カ月程度早まったということになる。
それも政治的にみれば、自公与党にとってきわめて絶妙な時期での退陣表明である。政策的には総合経済対策をまとめ、一方で民主党代表選は小沢代表の無投票3選が確定した直後だ。福田首相は退陣表明の記者会見で「国民に迷惑のかからない時期を選んだ」と強調した。
臨時国会は12日召集、その日に所信表明演説、16-18日に衆参両院での代表質問という日程が固まっていたが、民主党は21日の代表選挙を終えるまで国会審議には応じないという強硬な姿勢を示していた。
これを福田首相は巧みに取り込んだ。「自民党の都合による政治空白」批判を回避できるのだ。自民党は総裁選の日程を10日告示、22日投開票と決めた。この日程なら、民主党も文句を言えなくなる。
総裁選には、麻生氏のほか、小池百合子氏らの名前が浮上している。民主党代表選が無投票ならば、世間の関心は自民党総裁選に集中する。それも、そういってはなんだが、麻生氏や小池氏といった「テレビ受け」する顔ぶれがそろえば、ワイドショーは連日、これを追いかける。テレビが政治動向を決める「テレポリティクス時代」には格好の総裁選となる。
とかくパフォーマンスが苦手な福田首相が退場し、政治の風景は一変することになる。この劇的な転換効果は見逃せない。
☆「国会攻防のあげくの退陣」を避けた進退
1カ月前に内閣改造、党役員人事が行われ、麻生氏が幹事長に起用された時点で、「福田退陣-麻生後継」の路線は確定していた。麻生氏にしても、この段階で福田首相の要請を受け入れたのは、「禅譲の密約」があったのかどうかはともかく、政治的には「ポスト福田」の位置を確実にしたという判断を抜きにしてはあり得ない。
この人事によって、8派閥のうち麻生派だけが「非主流派」であったという党内の政治地図はがらりと変わった。福田首相は「総主流派体制」に乗ったのである。こういう構図をいったんつくったうえでの退陣表明だから、党内の政治事情を踏まえる限り、福田首相は党内から噴出した「福田おろし」によって引きずりおろされたのではない、ということになる。これは「麻生後継」を確定するうえで決定的な要素となる。
自民党のことだから、小池氏らが立って総裁選を行うほうが得策という認識は党内で共有されている。民主党の場合は、「反小沢候補」が出馬すれば日干しにされるという恐れが党内を席巻したが、政党の成熟度の違いが如実に表れてしまった。自民党の場合はこの総裁選に出馬して、盛り上げ役を演じることで評価されるのである。
麻生氏への事実上の禅譲路線は固まっても、問題は、いつの時点で、何を理由として、このシナリオが発動されるかという点にあった。国会攻防で追い込まれたあげくの退陣というのは、自民党にとって得策ではない。
党内には、インド洋での海上自衛隊の給油支援継続のための新テロ特措法改正案の成立が困難になった時点での禅譲シナリオを想定する向きもあった。だが、これだと新政権の最初の課題が国論を二分している給油支援継続ということになってしまう。
野党側は臨時国会で、太田農水相の事務所費問題、中国の毒ギョーザ事件の扱いなどを巡り、福田首相を攻め立てる構えだったが、そうした問題での責任を取るというのも退陣の理由としては芳しくない。
そうした見通しからすれば、臨時国会での与野党攻防戦のあげく福田首相が退陣するというタイミングはきわめて難しい判断が迫られることになる。党内には「だれが福田首相の首に鈴をつけるのか」といった話も公然と交わされるようになっていた。
福田首相としてはそうした党内事情を読みきったうえで、この段階での退陣表明に踏み切ったものといえる。メディアや世間の評判はともかく、自民党内では「引き際の美学」とでもいうべき出処進退が高く評価されるのだ。そのことの是非は脇に置くとして、これが永田町の実相である。
☆公明党の手足をしばる効果も
福田首相は退陣記者会見の最後に、「他人事のようだ」という記者の質問に対して「わたしは自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違う」と反論した。ここに福田首相の性格がよく表れている。
政局動向や党内事情は十分に承知していながら、そこに飛び込んでかき回すのではなく、常に斜に構え、シニカルな姿勢で政治生活を送ってきたのではなかったか。もっとも、それがこういう重大局面での決断に結びついたのだから、皮肉といえば皮肉である。
この日程で進むと、新政権の発足は9月下旬になる。そうなれば、福田首相の在任期間は安倍前首相とほぼ並ぶ。これも福田首相の決断を促した要因であったと思える。
福田首相退陣の流れをつくったのは、公明党であったという見方もできる。神崎武法前代表の「福田首相の手で解散となるか、支持率が上がらずに新しい首相のもとでの解散となるか」という発言に象徴されていた。
来年夏の東京都議選を控え、公明党内には年内もしくは年明けの「福田首相退陣、麻生新政権発足、新政権による解散・総選挙」を求める声が公然と出ていた。福田首相としては、公明党の予測をも覆す早い時点で退陣を決断したのだが、そこには、半身の構えに転じていた公明党の連立離脱を回避させるという思惑が込められていた。
こういう展開になると、公明党としてももはや「選挙結果によっては民主党との連立も」などとは言えなくなる。公明党の支援がなければ過半数確保も困難といわれるに至った自民党の窮状が浮かんでくるのだが、電撃的な退陣表明は公明党の手足をしばる効果を生んでいる。
☆総選挙は「減税」を前面に
そこで、今後の展開はどうなるか。自民党総裁選はどういうかたちになろうとも、麻生氏で決まりだろう。22日に麻生新総裁が誕生、ただちに臨時国会での首相指名選挙となり、麻生新政権が誕生する。
福田首相は23日からの訪米を計画していた。国連総会出席のためだが、麻生新首相がこれに代わって訪米することもあり得る。ブッシュ大統領との初の日米首脳会談を早々と行い、可能であるならば、マケイン、オバマ両大統領候補との会見が実現すれば、これはしめたものだ。
麻生新首相は福田首相の前例にならい、一部閣僚の入れ替え程度にすませて、ほぼ居抜きで現内閣を引き継ぐことになるかもしれない。そこで一気に衆院解散だ。ご祝儀ムードが残っているうちに解散、総選挙に踏み切るだろう。
自民党内には、「自民党が勝利する可能性は、そういう段取り以外には考えられない」といった見方も少なくない。総選挙は「減税」を前面に押し出したものとなる。
一転して守勢にまわった感もある民主党は、戦略をどう立て直すか。「改革クラブ」は4人だけの出発となったが、今後、国民新党との連携、平沼赳夫氏の「新党」構想への結集といった展開も予想されている。政界再編含みの政治ドラマが展開されるのは間違いない。
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