恩田木工の「もうひとつ無心」は債権放棄と増税である。
「その無心というのは、先納、先々納を放棄して、その上に当年貢を納めてほしいということだ。そうしてもらわないと二進も三進もいかない。自分が切腹するほかないというのはこのことである。
その方どもも計算してみたかもしれないが、会計担当者に計算させ、自分でも検証してみたところ、まず願い事など何かにつけて、領分の者が諸役人に賄賂をつかう額は1年で百石につきいか程か、また1年の諸役(夫役)での人足手間の費用は百石につきいか程、あるいは九百人の足軽が年貢催促に泊り込みで出向く際、村の負担費用は百石当りいか程。
●減税しながら税収増を図る
〆てみると、年貢高の7割にもなることが分った。皆全て無駄になくなってしまうもので、お上のためにもならず、百姓どもの出費であり損失だ。(注:例えば年貢が100俵なのにいろいろな負担を強いられて170俵納めていることになるということ)
今まで負担していたこの上乗せの7割分は今後負担しなくともよいから、本来の年貢に3割追加して今月より納めてくれよ(松代藩では年貢を月割りにして現金で納付)。これが皆へのたっての無心だ。
手前が首尾よく勤められるか、あるいは切腹させられるかは、皆の考え次第ということだ。百姓全員に言い聞かせ、とくと熟慮の上、あらためて返答してくれよ」
一同「今日すぐにでも請合いたいが、百姓全員に申し聞かせろとのことですので、持ち帰り、ありがたきご政道の趣を聞かせて喜ばせた上で、お請けしたいと思います」(注:170俵納めていたものが130俵で済むということで事実上の減税になるから百姓は喜んだ)
さらに御用金(藩への貸付金)の債権軽減(利息分の放棄)も依頼する。
木工「御用金を出した者には返済したいところだが、皆々承知のように原資がないので今は返済ができない。こう言うのもなんだが、人々の暮らし向きは、今は良くても、めぐり合わせが悪ければ子孫に至って貧乏になるかもしれない。したがって、万一そのようなことがあれば、利息を加えて返済したいものだが、それはとてもできないので、せめて元金だけでも子孫に返済するようにする。
今返済されなければ身代がつぶれるというほどのこともないだろうから、子孫のために元金を殿様に預けておいたと思ってくれよ。これまた皆への無心である」(注:回収を諦めていた貸し金が、とにかく元金だけでも貧窮した折には返ってくるのだから皆喜んだろう)
一同「ありがたく存じます。お上の御用に差し上げました金でありますから、まったく返していただくつもりはなかったのに、子孫が難儀の際にはくださるとのことで、この上なき御慈悲、後々までもありがたきご高恩でございます」と、みな感涙を流してお礼を申し上げる。
木工「いずれも手前が申すことに得心してくれて満足である。最後に、これまでのことで当方が悪かったことを遠慮なしに護符(密書)にしたため、よく封印して差し出してほしい」
一同「かしこまりました」と、皆々喜んで村へ帰っていった。
家老職をはじめとして諸役人、列座の家中の者は、いずれも木工殿の大器量を見て感心してiたが、最後の護符の話を聞いて顔色を変じた人もいるとか。(つづく)
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