だれが言い出したのか知らないが、テレビが政治動向を決する現象を「テレポリティクス」と言う。活字メディアで生きてきた者にはなんともシャクな思いもあるのだが、テレビの影響力、浸透力のすさまじさの前には、現実を直視しなくてはならない。
自民党総裁選は「結党以来の危機」に追い込まれた自民党の総力戦だ。そのよりどころがまさに「テレポリティクス」である。
筆者はいわゆる「三角大福中」時代のスタートあたりが政治記者の駆け出し時代で、テレビが政治取材をようやく本格化させていったころである。それまでは、政局は新聞と永田町の「ボールの投げっこ」で展開していったような側面があった。
テレビは政治報道の世界で「新参者」扱いだったのだが、いまや、そんなことは言えなくなった。政治家はこぞってテレビに出るようになり、新聞が「○○氏は何日の○○テレビの番組で・・」という記事を書かなくてはならない。テレビでのちょっとした発言が選挙結果を左右するといったことも現実に起きた。
10日、テレビは自民党総裁選の立候補受け付けの場面も中継した。政党の内部手続きであって、以前の感覚では考えられないことである。
自民党は22日の投票までに、全国17ヵ所で候補の街頭演説会を計画している。日本記者クラブなどが主催する候補討論会も行われ、中継される。
テレビはワイドショーやニュース番組で、連日、総裁選の模様を報じることになる。公選法が適用される選挙ではないのだが、5氏が立候補した以上、不公平にならないよう、すべての動向や発言を詳細に伝えていくことになる。
福田首相の退陣によって行われる総裁選は、新政権が発足して間をおかずに実施されると見られる解散・総選挙と連動し、一体化したものである。総裁選報道の盛り上がりが、その後の選挙情勢を大きく左右するであろうことは想像に難くない。
いうまでもなく、自民党の狙いはそこにある。民主党は小沢代表の無投票3選が確定して、どう工夫しても、ほとんど「ネタ」にはならないだろう。テレビは総裁選一色となる。早朝のワイドショーから夜の大型ニュースまで、繰り返して総裁選の模様がテレビにあふれるのだ。
自民党総裁選に投票できるのは、110万人ほどの党員、党友である。国民全体からみれば1%に満たない。都会の主要ターミナルなどで街頭演説会をやって、仮に1000人集まっても、その中に投票資格を持った人は10人いるかどうかという話になる。
そこに巨大な「錯覚」が生ずることになる。自民党総裁はたしかに現在の政治状況だとそのまま首相になるのだが、大量報道によって、国民にはあたかも「首相公選」が展開されているかのようなイメージを与えることになる。
国民的盛り上がりの方向が、党員・党友、さらに党所属国会議員の投票動向を左右することにもなる。22日の投票まで、日本中を覆い尽くす「総裁選フィーバー」が展開されるのだ。
立候補者は5氏となった。出馬に意欲を示していた山本一太氏と棚橋泰文氏は20人の推薦議員が集まらず、断念した。これは結果的には、両氏には申し訳ない言い方になるが、「二軍がまじった総裁選」のイメージを消すには好都合であった。
町村派の山本氏と津島派の棚橋氏が連携して、「若手代表」を1人出すということにでもなれば、自民党伝統の「角福対決」を超越した新しい動きとして注目されたのだろうが、その段階は時期尚早ということだろう。
自民党総裁選の立候補者を改めて記すと、以下の通りである(届け出順)。
石原伸晃氏(51歳、当選6回、山崎派)
小池百合子氏(56歳、当選5回、町村派)
麻生太郎氏(67歳、当選9回、麻生派)
石破茂氏(51歳、当選7回、津島派)
与謝野馨氏(70歳、当選9回、無派閥)
このうち、派閥代表としての出馬は麻生氏だけである。派閥次元で見ると、伊吹派と二階派が麻生氏支持を打ち出したが、そのほかの派閥は事実上の自主投票となった。
キャラクターを持った5氏の顔ぶれは「テレポリティクス」の主役としては、絶妙な取り合わせといっていい。むろん、今回の総裁選は福田首相の退陣にともない、麻生氏への事実上の「禅譲」という意味合いが濃いことはいうまでもない。
事実、各種調査を見ても、国会議員、地方とも麻生氏への支持が群を抜いており、よほどのことがない限り、麻生氏の大量得票は動かないだろう。
だが、小泉純一郎氏が登場した総裁選でも、当初は小泉氏優勢とは見られていなかった。橋本龍太郎氏が最有力とされていたのを、地方票のなだれ現象によって小泉氏が大逆転したのである。選挙のことだから、何が飛び出すか分からないのだが、今回ばかりは麻生氏の優位は崩せないところだ。
1回目の投票で麻生氏が過半数を超えなかった場合、1、2位による決選投票となり、「反麻生連合」による大逆転もあり得るとされる。だが、与謝野氏が2位につければ、これまでの関係からしても麻生氏に協力する立場に転じるだろう。
麻生氏で決まりと思われている総裁選だが、ほかの4氏にもそれぞれ出馬の理由、意味合いがある。それが、この総裁選を「出来レース」ではなく、「エース対決」の様相をにじませることに貢献している。
石原、小池両氏は、小泉構造改革路線を引き継ぐとし、景気対策重視の麻生氏、消費税増税を軸に財政再建が急務とする与謝野氏との違いを明確にしている。
石原氏は将来の首相候補としての位置付け確保を狙ったものだ。小池氏は、自民党総裁選では初の女性候補であり、日本に初の女性首相が生まれる場合の第一候補であることを印象付けた。
石破氏は安全保障政策の論客だが、派の総意を受けてではないにしても、津島派の後継者として名乗りをあげたことになる。津島派には額賀福志郎氏がいたのだが、これまで勝負すべき場面があったにもかかわらず回避してきたなどの理由で、派内の若手中堅には失望感が強く、ついに石破氏に抜かれたのだ。津島派の次の世代としては、石破氏、小坂憲次氏、船田元氏の3氏が競っているとされてきたが、一歩抜け出したということになる。
与謝野氏は財政再建派の代表格として、税制、財政構造の抜本的見直しを掲げている。選挙に弱く、過去2回の落選がなければ中曽根派の首相候補となっていたはずの存在である。党内外に静かなファンは多い。
小池氏には「上げ潮派」代表格の中川秀直氏がバックアップした。だが、森喜朗元首相は「弟分」として側近だったはずの中川氏の行動に不快感を持ち、町村派内の亀裂がいよいよ表面かした。中川氏は小池氏の推薦人となることを避け、派内事情への配慮を示したのだが、最大派閥の行方が総裁選後の焦点ともなっている。
そう見てくると、出馬した5氏それぞれの立場、思惑が明確になる。それぞれの事情が総裁選を「ヤラセ劇場」(民主党議員)といった次元から本格的な装いを備えたものに格上げさせた点を見逃せない。
谷垣禎一氏は出馬できなかった。古賀派と谷垣派が一緒になって、新生・古賀派が誕生したさい、「谷垣氏を派の総裁候補とはしない」ことを条件にした経緯があるためだ。谷垣氏がこれで総裁レースから脱落するのかどうかも今後の見所だ。
まったく別の観点から指摘できることがある。いわゆる「リベラル派」がいないということだ。5氏はそれぞれ国家観を大事にするタイプである。靖国参拝を公約した小泉氏、「真正・保守政権」を目指した安倍氏に続いて登場した福田首相は、「親中リベラル」の代表格でもあった。
この総裁選が「保守回帰」の色彩を帯びているのだとすれば、大きな意味がある。だが、それにしては、結党以来の党是であった「憲法改正」がほとんど論議の対象になっていないのは解せないといわなくてはならない。
憲法感覚を踏まえて大きな構えで国家像を語る。そういう総裁選になってこそ、自民党は保守層の支持を回復できるはずである。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト(9月2日現在2233本)
2286 自民党がすがるテレポリティクス 花岡信昭

コメント