領民からの護符(密書)を真田公にお渡してから暫くすると、真田公が恩田木工を召された。「護符を見よ、こんな状況だ」
木工は目を通し、「公金横領ですね。定めしこのような状況だろうとは思っていましたが・・・」。殿様「これを如何にすべきか」
●悪徳役人も使いよう
木工は考えてこういった。(罰すれば血が流れ、禍根を残すのである)
「少しもご心配には及びません。これらの者どもは右にも左にも振れますから、善き人が使えば良くなり、悪人が使えば悪くなりますので、大丈夫でしょう。
これらの者どもは死罪にすべきほどの不届き者ですが、このような悪事をするのにはそれなりの器量、才覚があるのですから、その才能を良い方向で使えば相応の働きをしてお役に立つはずです。
これらの者どもを召し出されて、表情を和らげて面談し、こうお話ください。『この度木工へ領分の政道を申し付けたが、独りでは万事行き届かないので、その方どもへ相役(同役)を申し付けるから、木工の指図を受け、木工と協力し、万事に当たれ』と。」
殿様「それでは木工の支障にはならぬか」
木工が「一向に構いません」と答えると、「それならば兎に角やってみよう」と仰せになった。
木工が退出すると真田公はすぐにこれらの不逞役人をお呼びになり、普段よりも表情を和らげて以上のことを仰せ付けると、皆々「かしこまりました、ありがたき幸せ」と了承した。
退出するとこれらの不逞役人は首を並べて相談した。(皆、秀才だから、今回の人事には含むところがあるだろうとピーンと来たのである)。
「今日御前にて仰せ付けられた件だが、合点が行かない。今までの我らの所業を百姓どもが護符に書いて御前へ差し出し、それがばれて恩田木工が決断したゆえに、きっとお叱りを受けると思っていたが、予想外の御意である、皆どう思っているのか。
この度の木工の仕事のやり方をみると、普通の人にはできない仁政である。もし我らが木工に代わって我らの所業を裁断すれば死罪を申しつけられても仕方がないほどだ。それなのに相役を勤めろというのは意外である。これは殿のご意向ではなく、きっと木工の働きによるものに違いない。
もはや如何ともしがたいので、木工に心服して心を改め、協力して忠義を尽くさなければ確実に身の破滅であり、先祖へ申し訳が立たない。今すぐに木工殿を訪ねてお礼を言うべきだろう。皆々どう思うか」
他の者も「それはもっともなこと、なるほど貴公の言うとおりだ、心を改めて木工殿の手足となって忠勤を尽くそう」と、早速木工殿の家を訪ねた。(秀才だから保身のための変わり身は早い)。
悪徳役人が挨拶する。
「まずもってお役目ご苦労千万でございます。広大なる御仁政に感心しております。とりわけ本日、殿様より私どもへ財政再建の相役を仰せ付けられ、ありがたき幸せと思っております。
すべて木工殿のお取り計らいと感謝しております。ご存知の通りの不調法者ですが、何事もご遠慮なく指図をしてください。お礼方々参上いたしました」
木工はこう返した。
「こちらから伺ってお頼みするところを、わざわざおいで下さりご挨拶をいただき、かたじけなく思います。皆さんの協力がなければ、このような大きな仕事は拙者一人ではなかなか勤まりません。万事につけ拙者の気がつかぬ点は遠慮なく助言してください。ひとえにお頼みいたします」
皆々「かしこまりました。拙者どもが気付いた点は十分に気をつけますので、お指図をお願いいたします」と丁寧に挨拶して帰っていった。
それからは彼らは木工の手足となって働き、木工が手間暇をかけることもなく公金を掠め取る不正役人はいなくなった。つまり、下役の者が「この件はこうして処理してください」と言えば、上役は「いや、そうはできない。今までとは違うのだ。万一、木工殿が知れば我が身の破滅だ。今後は万事そのように心得よ」となった。
横領の手口に通じた高級官僚が心底改心して手下を戒めたから、自然と横領はなくなり、それ以後は忠義第一、正直を基本とし、ご奉公に勤めた。これらはみな真田公の叡智と木工殿の仁徳がもたらしたもので、ありがたいことである。(つづく)
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