2366 米軍志願して生き返る 加藤喬

実は、子供の頃は軍隊というものを恐れていました。かかり付けのお医者さんが旧帝国海軍の軍医だったので、よくお話を聞いていたのですが、先生はよく「部下に何の理由もなく鉄拳制裁をするような軍隊は駄目ですよ。恐怖で兵を操ろうとしたって、戦争になったら死ぬほうが怖いのだから。指揮官の人となりで動かさなくては」と穏やかな口調で話してくれました。
この逸話が、中学高校時代に味わった、体育会系部活の陰湿な「下級生いじめ」のイメージと重なって、軍隊アレルギーになっていたのです。
80年代初頭、ぼくは東京で目標を見失っていました。「いま何かをしなければならない」という切羽詰った気持ちと体力は有り余っていたのですが、その力のかけどころが見つからず、ひたすら空回りを続けていたのです。
そんな時、たまたま見たのが「愛と青春の旅立ち」という映画でした。若きリチャード ギア演ずるやや不良っぽい主人公は、大学を出たものの行き場所が見つからず、海軍士官候補生学校に入校します。
仲間が次々と脱落する辛い訓練や友人の死を乗り越え、海兵隊訓練下士官 (Marine Corps drill instructor) に性根を叩きなおされた主人公は晴れて任官。
その日、純白の海軍礼服に身を包んだ主人公に、前日まで辛く当たっていた軍曹が言います「おめでとうございます、少尉殿」 (Congratulation,Ensign)
主人公に敬礼する軍曹の姿がスクリーンに現れた瞬間、自分の中で何かが音を立てて噛み合ったのです。ジグソーパズルの最後の駒がきれいにはまったかのようでした。
「これだ!ぼくは、敬礼される人間になりたい。名誉ある仕事がほしい!士官になる!これこそぼくの目標だ!」
(This is it! I want to be someone to be saluted. I want anhonorable profession! I will become an officer! This is my goal!)
映画館の灯りがつき、周りの観客が立ち去ってしまった後も、ぼくは席から動くことができませんでした。ふって湧いたような目的感と使命感に、身体がわなないていたからです。すべてはこの瞬間に始まりました。
ぼくの決心の背景には、軍事マニア的な興味も戦争に行って見たいという好奇心も、ましてや戦場で人を殺(あや)めたいなどという病的願望もありませんでした。
当時の自分が日本で得られなかった「尊敬」(respect) と「名誉」(honor) を手にすること。これがすべてだったのです。
ですから、フランス外人部隊 (French Foreign Legion) やその他の傭兵部隊 (mercenary forces)、海外の戦地に契約で赴く民間警備会社(civilian security firms) は問題外でした。
自衛隊 (Self Defense Forces) も、当時は今ほど国民に認知も支持もされておらず、自分の目には名誉と尊敬の対象になる軍隊とは映りませんでした。そうなると、軍人の社会的地位が桁外れに高く尊敬の対象である米軍が最適の選択でした。
選択は間違っていませんでした。民主国家アメリカの軍隊では、新兵いじめはもちろんのこと、人種差別、性差別もありませんでした。
それどころか、強面(こわもて)の訓練下士官 (drill sergeant) たちも、自分たちにできないことを新兵に強いたりはしません。
腕立て伏せや腹筋、障害物コースにせよ、まず自分たちで手本を示した後でやらせるのです。
同じことは空挺学校 (Airborne School) でもありました。C130輸送機からの最初の降下の時、震え上がっている我々の前で最初にとび降りたのは大隊長 (Battalion commander) と従軍牧師 (chaplain) でした。
まず指揮官とふだんは戦闘と関係のない心理カウンセラーが空中に舞ったのです。元気づけられた我々も、後に続きました。
また訓練中、士官は最後の兵隊が食事にありつくまで決して食べません。飯の恨みは怖いと言いますが、空腹という一番根源的な苦痛の面でも、米軍士官は兵隊の面倒をまず見るという原則が徹底されているのです。
このような軍隊の伝統と知恵の積み重ねのなかで、自分勝手だったアメリカ人の若者が上官の命令に従うことを覚え、次第に世界最強の米軍兵士に鍛えられていくのだと分かりました。米国社会で士官が尊敬されるのには、このような背景があるのです。
軍服を脱いでから長い年月が経ちましたが、いまでも米陸軍大尉として任務を全うできたことに名誉を感じています。「もしも、の英語会話入門 軍隊式英会話術 Vol 14』より転載(「頂門の一針」転載許諾済み)
追伸:入隊当時のことは「名誉除隊:星条旗が色褪せて見えた日」(並木書房 2005年)に詳しく書きました。興味があれば読んでみてください。
主宰者註:
並木書店営業部 は
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