2475 どうなる金正日の後継者 石岡荘十

先月16日、北朝鮮ウオッチャーの一人、コリア・レポート編集長・辺真一(ぴょん・じんいる)氏の講演を聞く機会があったので、その時の講演要旨を、以下お届けする。
『金正日は“病床”から指揮』
北朝鮮の『建国記念日』、9月9日のパレードに金正日総書記が姿を見せず大騒ぎになった。実は、“異変”はその前の段階から起きていました。金正日は、朝鮮に根強い“儒教”の影響を受けて大の“父親思い”です。
父親の金日成の誕生日や命日、建国記念日には必ず幹部を連れて、遺体が安置されている「宮殿」に深夜、参拝に行きます。父親が建国した国が、60周年という大きな“節目”を迎えたのだから、息子としては何が何でも行かなければならない。
ところが、今年はその参拝が行われなかった。「“金将軍様”に何か起きたに違いない」と、内部でも大騒ぎだったのです。
では、金正日が倒れたのはいつだったのか。
8月14日の段階で、「金正日が部隊を視察した」との報道が行われています。ですから、異変が起きたのは14日以降です。9月1日にラオス首相が訪朝しましたが、金正日が首脳会談に出てこなかった。
つまり、8月14日から同31日までの間に“異変”が起きたことになります。この間に、金正日は急な病気で倒れたのでしょう。
突発的な重病というと、考えられるのは「心臓発作」か「脳疾病」です。金正日は昨年10月、盧武鉉韓国大統領と南北首脳会談を行った際、「私は、心臓は悪くないのに韓国メディアは“ウソ”を書いている」と発言しています。
本人の言葉を信じるなら、脳出血か脳梗塞かで倒れたと考えるほかありません。結論を言うなら、本人はいまも病床にあり、そこから指示を出していると思います。
『“手術後”に中国医師を招聘』
金正日の病状を、長年付き合いのある中国の“軍幹部”が明らかにしてくれました。
北朝鮮が、中国人民解放軍の「301病院」の医師3人を招聘したというのです。「301病院」は、“!)(トウ)小平クラス”の中国の最高幹部が診療を受けるところです。
時期は、8月20日頃で、心臓、脳、糖尿という専門分野の違う医師たちでした。もちろん、北朝鮮側は、「金正日の病気治療に来てくれ」とは言いません。「いろいろな医療指導をして欲しい」というだけの一般的な招請でした。医師たちはピョンヤンで、6人分の「レントゲン写真」と「カルテ」を見せられました。
だれのものか分からないが、おそらく、金正日のを混ぜて見せたのでしょう。
(1)見たところ、手術は成功していて、再手術の必要はない状態でした。
(2)病状もさほどひどくはなく「これなら大丈夫」という判断を伝えたそうです。
(3)医師たちは個々のカルテについて、今後の治療法やリハビリを教え帰国しました。
つまり、医師たちは北朝鮮には行ったものの、金正日本人を直接診断したり、手術したりすることはなかったのです。北朝鮮側は、おそらく、金正日が倒れて緊急手術したあと、中国人医師を呼び、術後の状態について意見を聞きたかったのでしょう。
『“ナゾ”の金正日写真』
10月11日の深夜1時45分、「金正日が女性部隊を視察した」と写真付きで報道しました。写真に写っている金正日は“ホンモノ”です。「韓国国情院」は、公表されるすべての金正日の写真を、シミ、ほくろ、しわまで、顕微鏡でチェックしていますから、“ニセモノ”ならすぐ分かります。
しかし、紅葉シーズンなのに、背景の草や葉が青々している。おそらく7、8月に撮られた写真なのではないでしょうか。国民が寝静まった深夜に報道したのは異例中の異例です。
米国が、テロ国家指定をやめたのは、「金将軍さまの“陣頭指揮”で勝利したんだ」と誇示したかったのでしょう。
しかし、わたしの見方は、これとはちょっと違います。
実は、韓国にいる脱北者やその支援団体が10日、38度線近くの公海上で、1ドル札や10元札を付けて数十万枚のビラを撒きまました。「金正日は重病だ」「既に死亡した」「今のは“替え玉”だ」といった内容のビラです。
北朝鮮当局はこれに困ってしまった。ただでさえ、将軍さまが「建国記念日」に現れなかったので、国民は“疑心暗鬼”になっている。そこに、こんなビラが広がったら、民衆の不安をあおり、軍の士気は低下する。そこで、総書記の“健在”ぶりを示して、国民を“沈静”させようとしたんです。
『長男の金正男が“後継”か』
今回の事態で、66歳で多病の金正日の『後継者』が緊急の課題になってきました。いつまた病気が再発するか分からない。金正日の“意識”がしっかりしていれば、間違いなく息子3人の中から1人を選びます。中国は、この問題に首を突っ込むことはあり得ません。
第1は、最大の内政課題である『後継者問題』に中国が口を出せば、せっかく良好な北朝鮮との関係が吹っ飛んでしまうからです。
中・朝国境には“朝鮮族”が多数いますが、“独立運動”が起きないのは北朝鮮がけしかけないからです。中国と北朝鮮が敵対すれば、こうした中・朝国境の安定も危うくなります。
第2は、中国の北朝鮮に対する影響力はさほど大きくはないからです。中国は、“経済的”には北朝鮮のパトロンですが、“軍事的”にはパトロンではありません。
それが証拠に、北朝鮮には中国の「軍事基地」はありません。北朝鮮は、中国の「核の傘」には入っていません。中国は、だれが後継者になっても、その人物を支えると思います。
ですから、金正日が3人のうちのだれかを指名すれば、それで決まりです。
今のところ、長男の「金正男」と二男の「金正哲」が競っている。金正日が妹の夫で片腕と頼む張成沢に「長男の説得を依頼した」と言われています。金正男からみれば、張成沢は尊敬する叔父さんです。
ところが、37歳の正男は、「自分には向いてない」と固辞したそうです。正男は、中国を拠点に、パリなど自由世界の生活を“満喫”していますので、「あの国はとても自分には無理だ」と考えるのは当然です。
しかし、今回、金正日が倒れて、正男の考えが変わる可能性がある。
“韓流”のドラマでは、しばしば、親父が倒れたのを機に、“風来坊”の長男が立ち直ります。正男が、パリから、脳神経医の権威をピョンヤンに連れて帰ろうとしたりしました。重病の父親を見て、金正男は心境が揺れているのではないか。
『“軍部”が実権にぎる可能性も』
問題は、金正日が後継者を指名する前に、“ポックリ”逝った場合です。その場合、3つのケースが考えられます。
第1は「日本型」です。
小渕首相が倒れた後、有力派閥の“親分”が集まって森喜朗後継を決めた、あの方式です。つまり、朝鮮労働党の“長老”が集まって、後継体制を決める。「金永南最高人民会議委員長」をトップに据えるかもしれないし、長男をみんなで支える体制をとるかもしれない。
第2は「中国型」です。
毛沢東が華国鋒を後継に決めたのに、曲折を経て最後は!)(トウ)小平が実権を握ったように、労働党内部で権力抗争が起きるケースです。
この場合、コップの中の嵐なので、日・韓にはあまり影響はありません。
一番困るのは、第3の「韓国型」です。
朴正熙暗殺後、民主化が進むかと思ったら、結局は北朝鮮の脅威を大義に、全斗煥率いる軍部が出てきて実権を握ってしまったケースです。
北朝鮮の軍部が、韓国との対立などを理由に軍事行動を起こすことはあり得る。南・北は、政治体制は異なっても、“国民性”はそっくりですから、南で起こったことは北でも起きかねない。
韓国で、最近、「5029作戦」というものが明るみに出ました。
金正日が倒れたり、“人民蜂起”が起きたり、“クーデター”が起きた場合、北朝鮮は無法状態になり、難民は38度線を突破して押し寄せる。大量破壊兵器も流出しかねない。
そうした事態を防ぐために、米・韓連合軍の特殊部隊が北朝鮮に上陸して、それを阻止するというのがこの作戦です。一番困るのは、こういう第3のケースに「日・韓」が巻き込まれることです。
『“米・朝パートナー”の動き』
ブッシュ米大統領は、金正日との外交の“チキンレース”に負けました。米国が、北朝鮮の提案した「核検証」を受け入れて、テロ支援国家の指定解除に応じたのは、北朝鮮の“脅し”に屈したのです。
米国が北朝鮮の提案を呑まなかったら、北朝鮮は、「テポドン2」の発射実験や「核実験」を間違いなくやったでしょう。
北のこれまでの実験はいずれも失敗しました。次のオバマ大統領との交渉の“カード”を強力にしておくためにも、「さらなる“脅し”が必要だ」と考えています。
ブッシュ大統領としては、これ以上北朝鮮に核やミサイルの能力を高めさせたくなかった。そこで、多少問題があっても、北の提案を受け入れるほかなかったのです。
ブッシュ大統領の判断は、ある意味で当然ではありますが、問題は、米・朝の動きがそれにとどまらない心配があります。
10月初め、核問題を詰めるため訪朝したヒル国務次官補は、「李賛福」(リ・チャンボク)という北朝鮮の上将に会っています。
実は、この上将は、今春、元駐韓大使を団長とする米国代表団に会った際、「米国と“戦略的パートナーシップ”を結びたい」と提案しているのです。
「駐韓米軍が北朝鮮を刺激しなければ、米・朝はパートナーになれる」と言っています。そして、『朝鮮戦争休戦協定』を『平和協定』に代えたいと表明しています。おそらく、李上将は、ヒル次官補にも同じ提案をしたでしょう。
日本の“頭越し”に米・朝接近が大きく進むかも知れない。
『“レアメタル”獲得競争』
テロ支援国家の指定を解除されても、北朝鮮にすぐにドルが“どっ”と入るわけではない。米・朝が『国交正常化』しない限り、米国からの直接的な“経済的恩恵”は望めません。
北朝鮮にとって、指定が解除されることの最大のメリットは、国際金融機関による“借款供与”への道が開けることです。
もちろん、世界銀行、国際通貨基金、国際復興銀行などに加盟するには、統計数値の公表とか、負債の返済計画とか、クリアすべき条件がいろいろあります。しかし、少なくとも米国は、指定解除に伴い、北朝鮮の加盟に反対しなくなります。
ベトナムの場合、米国から経済制裁を解除された後、1975年からの30年間で合計238億ドルもの借款を受けています。
もし、北朝鮮が借款を受けられるようになれば、その資金で自国の“地下資源”を開発することが可能です。経済的な再建の“展望”も開けます。
韓国のシンクタンクの推定では、北朝鮮の地下資源の埋蔵量は、約375兆-480兆円という膨大なものです。そのうち、10種類の地下資源は、世界10位に入る埋蔵量です。中国は、既に12の鉱山に12億ドルを投じて、「鉄鉱石」「金」「モリブデン」「亜鉛」「銅」などを押さえました。
オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリアなども資源開発の商談を進めています。
昨年の米・朝の貿易額は29億ドルでしたが、米・朝の貿易関係が正常化すれば、「その19倍の年間551億ドルまで拡大する」との推計も出ています。北朝鮮にとってテロ指定解除は、将来に大きな“夢”を与えるものです。
『問われる日本の“ハラ”』
北朝鮮は、“拉致問題”で今後どう出てくるか。
「北朝鮮が拉致問題の再調査を開始すれば、制裁の一部解除に応じる」福田前政権はこう表明しました。
麻生首相も、この“福田対話路線”の継承を国会答弁などで述べています。これは、麻生政権の北朝鮮に対する“メッセージ”なのです。北朝鮮には、総選挙で、だれが政権の座に着くかは問題でない。
まして、民主党政権を待望しているということは全くありません。北朝鮮に対する民主党幹部の発言は、自民党より“強硬”です。「自民党の方がベターだ」というのが、北朝鮮の考えです。
“拉致問題”は、総選挙が終わるまで動かないでしょう。そもそも北朝鮮は、再調査をするまでもなく、「何人拉致して、何人生存しているのか」みんな分かっています。
要は、北朝鮮が“解答用紙”を持っていて、そこに何人の数字を書き込むかなのです。“ゼロ”と書くのか、日本が求めるような“満額回答”を出すのか。
中山恭子補佐官は「今なお相当数の人が生存している」と言い続けてきました。
しかし、日本の態度次第で「残念ながら…」と北が“ゼロ回答”をしてくる可能性もあります。
アメリカは、もはや、頼りになりません。オバマ大統領は、日本に対し“自主性”をより強く求めてくるでしょう。
日本は、自分の判断で決めるしかないのです。「国交回復」と「拉致解決」を同時にやる“ハラ”を固められるかどうかです。
この面でも、日本は、かつてない“正念場”を迎えています。
以上が、辺氏の講演概要だが、講演の後のパーティーで拉致に噛んでいる可能性があるよど号ハイジャック犯8人のうち、今現在北にいるといわれる4人の取り扱いについて、辺氏に聞いた。これに対し、辺氏はこう答えている。
「日本に直接送り返すことはまずあり得ないでしょう。北から出すにしても、第三国に出国させて、そこで、逮捕ということになるのではないかと見ています。時期は金総書記の健康状態に絡んでくると思います」。なお、講演会のを主催は「日本の未来を開く会」(代表 尾畑雅美)
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