2487 アメリカの「蟹工船」 古沢襄

市場経済主義のブッシュ政権に対してオバマ新大統領はフランクリン・ルーズベルト元大統領が実行した「ニューディール政策」に近い経済政策をとるという観測がある。だがフランクリン・ルーズベルトが登場した1930年代と違って、今のアメリカの国力はニューディール政策を受け付ける体力があるのだろうか。
経済のことは専門家の言うことを信じるしかないが、ニューディール政策の時代をアメリカ文学史で読み解くと面白い。当時の社会情勢がよく分かる。フランクリン・ルーズベルトは古典的な自由主義的経済政策が行き詰まり、資本主義国家であっても政府がある程度、経済に関与する・・・社会民主主義的な関与政策が必要と判断したのではないか。
文学史上でもアメリカの自然主義作家が輩出している。THEODORE DREISER(1871-1945)はシカゴでジャーナリストになり、社会の裏面をみる一方で世界恐慌後のアメリカの混乱を身をもって体験している。
作家としての傑作は「Sister Carrie」。Carrieという田舎娘がシカゴという大都会に出て、金儲けしか考えない酒場の支配人と同棲するが、貧困生活に弄ばれる。ハッピイ・エンドがない暗い小説だが、当時の世相をよく描いている。
私の父と母は戦前の暗い時代にプロレタリア作家として活動し、当局の弾圧に屈して転向を余儀なくされた。その世相は父や母の小説を読んで実感することができた。小説は人間が実感することが作品の材料になる。歴史書や研究書にはない”人間の声”を感じる。
私と仲が良かった共同の文化部長が「三文作家とばかり付き合っているから・・・」と編集局長から罵倒されているのをみて「この野郎!」と激高したことがある。小説は、それがどんなに下手なものであっても、時代とか世相を映しだすものであれば生き残っていく。
小林多喜二の「蟹工船」(新潮文庫)が売れているという。世界恐慌の起こった昭和4年に刊行されたプロレタリア文学を代表する作品なのだが、決して上手な小説とはいえない。
同時代作家だった古沢元は「人民文庫」に「小林多喜二の”研究”」という一文を書いている。同じ作家団体にいて「”ぼうふら”ののようにキクキクした小林の身振りや体臭の方が先に浮かんで・・・」と突き放した作品評を書いている。小林に対する尊敬の中には、階級戦線における尊い犠牲者に対する敬意が大いにあづかっている・・・とした。
その通りだろう。今の世相は飽食の時代といわれながら、「ワーキングプア」と呼ばれる人々が増えている。戦後の貧しい時代には人々がおしなべて貧しく、貧しさから脱するために一生懸命に働いた。今は一億総中流意識といわれながら、その中で格差が年々広がっている。
社会派の小説「蟹工船」が再び読まれる時代風景が生まれていると思わねばならない。「Sister Carrie」もアメリカの「蟹工船」ではないか。「Sister Carrie」ブームが起これば面白い。
サブプライムローンの破綻は、貧しさから中流階級になれるチャンスを奪ったという指摘がある。貧しき人はさらに貧しくなる。そういう社会のいら立ちが、オバマを求めたともいえる。
時代状況が違うのでオバマは、フランクリン・ルーズベルトが世界恐慌を乗り切ったように金融不安を乗り切るか未知数である。ともに失業増加など社会不安の原因を取り除き、早急な景気回復を図らねばならない。
ニューディール(New Deal)とは、トランプゲームなどで親がカードを配り直すことをいっている。それに例えて政府が新たな経済政策を通じて国家の富を国民全体に配り直すことを意味している。トランプを配るオバマは、どういう経済政策を考えているのだろうか。
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