■「日本の首相の漢字読み間違いを、中国人が大騒ぎする必要もないのだが、しかし、中国を起源とする漢字がこのように今にいたるまで日本人に尊重されている、しかも依然としてそれは中国文化に対する尊重も含んでいるのである。麻生についていえば、彼の自民党所属派閥の会派名は為公会という。これは中国礼記中にある、天下為公の一句からとり、麻生自身、非常に論語など中国古典が好きだという。というわけで、中国人と日本人は同種ではなくとも同文的で、両国は文化上、分かち合うものが多い事は確かなのだ」
■「遺憾なのは、現在、同文といえども、その価値観においては共通ではない。麻生が漢字を正確に読めないというのは、今日の日本人の中国観の一側面を反映している。すなわち、日本人の漢字と中国文化に対する理解は、単に中国古典文化に対する尊敬の念を証明するだけで、現代の中国に対する理解を意味しているわけではない」
■「たとえば、論語や礼記が好きな麻生は、決して中国を理解しているわけではない。でなければ、先月中国で取材を受けたとき、鄧小平を国家主席などと言わなかったはずだ」
■「その実、この種の麻生現象は、決して個別の話ではなく、日本の誰もが米大統領の職務を取り間違えることはないのに、中国指導者の職務ははっきり知らないのは現実なのである。お互いのコミュニケーションが不足し、信頼できておらず、信頼醸成の妨げになる根本原因、それはとりわけ文化的価値観の共通認識の欠乏であり、しかもこれは安全上の困難な状況をももたらすのである。日本人にしてみれば、一衣帯水かつ同文同種の中国の台頭とインドの台頭を比べると、明らかに中国のほうが恐ろしく、彼らにとっては、隣人の中国よりインドの方が価値観上の遠い親戚みたいなものなのだ」(後略、以上、誤訳御免)
■このコラムは、首相が漢字を読みまちがえていることから説きはじめて、日本の中国への無理解を嘆いている。ちょっと牽強付会という気がするが、さりげなく、麻生首相が論語や礼記に精通して、彼は中国通なんだよ~と訴えている。でも、麻生さん、北京で鄧小平のこと国家主席って、言い間違えていたんだ…、これは外交的に相当失礼なんだけれど、よく問題にもならず…ご無事でお帰りで。
■というわけで、中国における麻生報道はむしろ好意的。しかし麻生首相は本音は必ずしも中国に好意的ではない、とある外務省筋の人はいう。外相時代に中国に一度も行ったことがないし、そういえば10月の北京訪問でも「友好は手段であって目的ではない。目的は日中両国の共益だ」と、結構きついもの言いをしていた。それなのに、ここまで中国は露骨に秋波を送っているのだ。
■中国の外交というものをある程度ご存じの方には、この麻生主席プラスイメージ報道と日本へのラブコールの真意はうすうすおわかりだろう。
■中国の国家系シンクタンクのアナリストの言葉を借りれば、米中の経済関係とは、(高さの違う下駄をはくなどして)左右足の長さの違う状態で、タンゴを踊りつづけるような、極めて不安定、いびつな関係、一人がこけると、もう一人もこけて、なかなか立ち上がれないような関係という。
■人によっては、中国の経済的打撃は日本より軽い、米国のレームダックによって、次に台頭するのは中国を中心とする新興市場国、といった見方をする人もあるのだが、私は、中国が、今後の戦国時代のキーワードとなるとは思うものの、そんな甘い状況ではないと思う。
■中国も米国もその経済成長モデルに歪なところがあり、その歪さをお互いもたれあいながら、肥大させる関係で、もっとも巨大な共倒れの関係にあるのではないか。もちろん日本も米国ともたれ合う関係にあるが、もともとの経済成長モデルの歪さでいえば中国の方が規模が大きく、しかも、中国の場合、経済失速が即、政治、社会不安に直結する。知り合いの中国人記者は、日本の「消えた年金問題」発覚のとき、どうして社会保障庁に火がつけられないのか、私に聞いたが、おそらく冗談のつもりではない。
■そういう、目の前に深刻なリスクを認識し、これをいかに乗り越えていくか、最大の知恵をしぼって戦略的にあたらねばならない中国にとっては、最も頼りがいのある味方になりうるのが、日本であることは間違いない。米国がレームダックで、政権も民主党に変わる転換期だからこそ、日本を米国から引き離し中国陣営に引き入れるチャンス、とみていてもおかしくはなかろう。前にもいったが、民主党政権というのは中国と必ずしも相性がよろしくない。しかも、オバマ氏のような運動家だの人権派のイメージの人物は鬼門中の鬼門。
■国際関係はそう単純に割り切れたり分類できるものではないが、中国のスタンスは一貫して米一極体制を崩すことをねらった多極外交であったことをふりかえれば、三国志を生んだお国柄、今の状況をみて、天下三分の計、あるいは四分の計によって、この戦国時代を有利にわたるべし、と頭をひねっていることは想像にかたくない。
■麻生首相は、日米同盟の堅持、ドル基軸体制維持を何度も繰り返し訴え、金融サミットでも米国援護に徹している。でもオバマ新政権となったあかつきの米国がその日本の〝友情〝にきっちり応えてくれる義理堅さがあるか今のところわからない。そもそも、外交や国際関係に〝友情〝があるかも疑問だが。外交にあるのは、利害関係とあくまで国家利益を追求するエゴイズム。米国が日本よりも中国に接近する方が国家利益に合致すると判断すれば、日本は米国経済の立て直しに利用されるだけ利用されておわり、ということもあるかもしれない。杞憂だといいんだけどね。
■もちろん、中国も米国と同等かそれ以上のエゴイスティックな国であり、中国が親しげな様子を見せたり、妙に持ち上げるときほど警戒が必要なのは言うまでもない。が、それなら日本も徹底して国家利益を追求するエゴイスティックな国として、秋波を送ってくる中国を利用するぐらいの戦略をねってほしい。サミットやAPECで中国に存在感を奪われた、と嘆くだけでなく。知り合いの外務省の人は「北米2課をつぶして、その人員を中国に振り分けるくらい、真剣に対中外交戦略に力をいれるべきだ」と半分冗談で言っていたが、私はそれもアリかも、と思って聞いていた。
■金融サミットに出発する前、麻生首相は記者団に対し、「みんなのお役に立ちたい」とその抱負を語った。それが建前なのか本気なのか、表情からは分からなかった。でも、金融サミットは、ドル一極支配がくずれたのちの混沌の時代をいかに自国が有利にたちまわるか、各国の国家利益をかけた、硝煙のない戦場だ。表向きは国際協調を打ち出していても、そういうもんだろう。果たして首相は、天下分け目のいくさ場に赴く心境であったのだろうか。
■首相周辺によれば、1000億㌦のIMFへの融資のねらいは外貨準備の手堅い運用だという。それも悪くはないが、いずれは来るIMF改革において、日本の立ち位置が有利になるような、中国やアジア諸国を味方につけられるような根回し外交を実はばっちりやっていました、ということであれば、漢字を読み間違ったり放言の連発程度は何の失点にもならないと思う。
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2529 中国は麻生首相をどう報道しているか(2) 福島香織

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