2531 ムンバイ同時テロ事件の教訓 古沢襄

インド経済の中心地ムンバイで発生した同時テロ事件は、国際テロ組織アル・カーイダの影がちらちつくが、テロリストは若いイスラム兵士が目立つ。犯行声明を出した「デカン・ムジャヒディン」なる組織も初めて聞く名前。
テロリストが英米人を捜していたという情報も飛びかっている。そこから外国人を標的にしたテロ事件という観測も出ている。事件の裏に国際テロ組織という観測の根拠となっている。
その一方で、インドに根強く残る”カースト制”として知られる独自の身分制度のさらに最下層にあるイスラム教徒の叛乱という見方もある。
カーストは最高位の①バラモン、次いで②クシャトリア、③ヴァイシャ、④シュードラの四身分に大別される古代からの階級制度。この四身分に含まれる事すら許されない不可触民(アンタッチャブル)が存在していて、イスラム教徒はこのクラスに属するのではないか。
インドの多数宗教はヒンドゥー教。また古来からある土俗宗教ともいうべきジャイナ教やスィク教(シク教)、ゾロアスター教(拝火教)が、ヒンドゥー社会の中で根強く生き残っている。
インド最大の財閥のひとつであるタタは、ゾロアスター教徒の財閥。ゾロアスター教はインドで7万人程度しかいない。そのうち5万人程度はムンバイにいるという。中国の華僑に比すべき”印僑”集団の拠点ともいえる。イスラム教徒はこの印僑集団にアゴで使われていたことが容易に想像できる。
インドの人口に占める各宗教の割合: ヒンドゥー教徒73.72%、イスラム教徒11.96%、キリスト教徒6.08%、シク教徒2.16%、仏教徒0.71%、ジャイナ教徒0.40%、アイヤーヴァリ教徒0.12%、ゾロアスター教徒0.02%、その他1.44%(ブリタニカ国際年鑑2007年版)
数の上ではヒンドゥー教徒に次ぐイスラム教徒だが、身分差別、異宗教視から有形無形の差別を受けてきた。隣国のイスラム国家・パキスタンとの軍事対立がさらにイスラム教徒を追い詰めているのではないか。インド国軍の士官学校では四身分の上位しか入学できないという説を聞いたことがある。
日本でも「士農工商」という身分制度が存在し、明治維新後も「士族、平民、新平民」という身分が敗戦で廃止されるまで戸籍上で残っていた。私自身の経験でいえば、長野県士族の母の長男ということで、陸軍幼年学校の一次選抜では有利な取り扱いを受けた。陸軍大学校、海軍大学校の卒業者名簿をみると士族の肩書きを持つ者が圧倒的に多い。
このような階級的身分制度が社会の発展の阻害要因になるのは自明の理であろう。
日本にとってインドは中国に次ぐ市場として注目を浴びている。インド経済の中心地ムンバイには日本の進出企業が事務所を構えて市場調査に力を入れてきた。
インドが将来、中国を超える大市場になると予測する向きもある。その理由として①イギリス領だった影響からインド人の英語能力に優位性があって、特にIT関連技術者の英語能力が高い②中国は一人っ子政策によって人口増が頭打ちとなり、2030年代にはインドが世界最大の人口となる。安価で若い低コストの労働力を持つことになる③中国の製造業が労働集約型の組立形式が中心であるのに対し、インドは知識集約型が主力商品に含まれて、これが伸びる傾向をみせている・・・とみている。
しかし、ここでもインドの旧態依然たるカースト制度が発展の障害になるという見方が根強い。インド企業の経営陣はカースト制度に由来したエリート意識にとらわれて、インド企業の優位を信じて企業革新に対する意識が驚くほど低いという。
そこから海外にばかり目を向け、国内市場には長い間目を向けてこなかった。インド経済の牽引車だったIT関連などの情報サービス業は優位性が揺らいできているという指摘がある。そこに目をつけた米IBMは、インド国内で企業買収を繰り返して、インド国内でも最大規模の拠点を築き、シェアトップに躍り出ている。
こうした様々な問題を抱えたインド経済の中心地ムンバイで同時テロ事件が発生した。これを圧倒的な軍事力で鎮圧するのは容易いが、根底にある問題を解決しないことには、国際テロ組織から恰好の標的にされ続けるのであろう。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト(11月21日現在2524本)

コメント

タイトルとURLをコピーしました